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『生きるためのサッカー』と刊行記念トーク。

夢中になってあるゲラを読んでいたら、いつの間にか雨が降り出していた。天気予報をチェックしていたので傘は持って出てきたものの、この雨脚では今しばらく帰宅を待ってみたくもなる。どうしようか。久しぶりにブログでも書いてみるか。


というわけである。


ちなみに読んでいたのは6月2日に発売される『生きるためのサッカー』(ネルソン松原、サウダージ・ブックス)。発売後に行われる刊行記念トークの聞き手を任されたもので、目を皿にしてじっくりと読みふけっていたのである。感想や思ったこと考えたことなどの詳細については読み終えてから語ることにするが、敢えて一言だけ言っておくと、表題にある「生きるため」という言葉の意味がずしんと身に染みてたまらない。


あくまでも僕の印象に過ぎないが、「死ぬ気」や「夢」や「感動」といったスポーツの場面でよく使われる言葉は、感情が込められることなく幾度も連呼されることによって、その意味や価値は限りなく薄められていると感じる。言ってみれば中身がスカスカで、正面切って口にすることが憚れるために避けられない照れくささも、ほぼ感じることはなくなりつつある。「生きる」もまたそのうちのひとつで、これだけ安全で平和な社会に身を置いていると、もはや「生死における生」を意味していない。「それがなければ死ぬ」という切迫感が剥ぎ取られ、単なる必死さをアピールするだけの装飾的な言葉に堕しているように思われて仕方がない。


どうにも言葉が軽い、のだ。


だが、このタイトルは言葉本来の意味で正しく使われている。ネルソン氏にとってのサッカーは、切実な実感を伴ったホントのホントの意味で「生きるため」にあったし、今もある。ほんとうに意味での情熱とはこんなにも淡々としているのかと、どこか懐かしい感懐を抱きつつ読み進めている。竹内敏晴の「つまるところ言葉はその発せられた場所に生きて立つものであって、交換可能な安直な通過ではない」が心に突き刺さって仕方がない。


著書および刊行記念トークの詳細はこちらです。
http://saudadebooks.jimdo.com


2回行われるこのトーク、6月8日は僕が、7月8日は元ヴィッセル神戸育成普及部長で研究室が隣の加藤寛先生が聞き手を務めます。ともに時間は14時からで、場所はJR灘駅すぐのワールドエンズガーデンで行われます。
http://www.worldendsgarden.com
興味のある方はぜひ足をお運びください。


気のせいかもしれないが少し雨脚が弱まった感あり。さあ、帰ろう。



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