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2011年度女子ラクロス関西リーグ開幕。 [ラクロス奮闘記。]

2011年度女子ラクロス関西リーグが開幕した。我が神戸親和女子大学は、昨年度は1部リーグで戦いながらも成績が振るわず2部リーグ降格の憂き目にあったので、今年度の目標はもちろん再昇格。実力的にも各大学がひしめき合っている現状において一筋縄ではいかないことは百も承知しているが、是が非でも1部に上がりたいという学生たちの思いが成就するように何とかお手伝いしたいと思っている。

その初戦は大阪大学との試合。ラクロス部の顧問になって4シーズン目を迎えるが、毎年のように開幕戦はガチガチに緊張する。今年も昨年と同様に、まるでロボットのようなぎこちなさでボールを追いかける様を見て「さてどうして解してやろう」とあれこれと考えていた。試合が始まる前の練習時である。

まあボク自身も緊張していなかったとは口が裂けても言えず、昂る気持ちを抑えよう抑えようと努めていた。顧問であるボクが緊張すればすぐにそれが学生たちに伝わってしまう。それだけは避けようと、学生たちが走り回る様子を眺めたり、対戦相手の様子を窺ったりしていたのであった。

開始直後からしばらくは相手のペースで試合が進む。浮足立つ親和の学生たちの合間を縫って、相手チームの選手が次々にゴールを決める。イメージ通りに身体が動かない苛立ちから不安と焦りが生まれ、それがファールを多発させてますます試合の流れは相手に傾いてしまう。前半残り7分くらいまで(ラクロスは25分ハーフである)、みんなの動きはまるで借りてきた猫のようにおとなしいのであった。

ただ、冷静に試合内容を観察してみるとどうしたって負ける相手ではない。冷静にさえなれれば逆転できるのは目に見えている。だがこの「冷静にさえなれれば」というのがそう簡単にはゆかない。「冷静になれ!」と言葉がけをすればそれが為されるのであれば指揮官などいらない。というわけで一言二言のアドバイスをする。

どうやらそれで幾分かは落ち着いたらしく、後半に入ってからは自分たちのリズムでパスを回し始めた。後半開始間もなく雨足が強くなってきたこともあり、ぬかるみに足を取られたり、パスがうまく繋がらないシーンもところどころは見受けられたけれど、終わってみればシャットアウト(後半失点ゼロ)。もたもたしながらもなんとか初戦を10-4で勝利したのであった。

まだまだリーグは始まったばかりで、この勝利に浮かれていられないことは十分に理解しているつもりだが、目に見えて学生たちの成長がわかるので楽しいことこの上ない。細かなニュアンスまで理解したとは言えないまでも、ようやくラクロスという競技の本質的な部分が分かってきたような気がしている今、アドバイスにも思わず力が入る。競技力が上がったからといってすぐに試合に勝てるほど勝負というのは甘くない。試合には相手がいる。こちらが上達し、試合当日のコンディションがよかったとしても、それを相手が上回れば勝負には負ける。だから、こればかりはやってみるまではわからない。だが、「結果がどう転ぶかわからない」という不確実性を踏まえた上でも、これからのリーグ戦がとても楽しみなのである。学生たちが自分たちに秘められた能力に気付いてそれを存分に発揮してくれるだろうという期待が、とても大きい。

次の試合は27日。相手は神戸学院大学。さあどうなることやら。
試合結果や当日のつぶやきをご覧になりたい方はツイッターをどうぞ。

ちなみに今年の1部リーグは初戦から波乱の連続で、武庫川女子大学が近畿大学に、大阪国際大学が神戸女学院大学にそれぞれ敗北を喫している。今シーズンから1部リーグに上がった2チームが1部リーグ常連の強豪大学を下す展開に、いささか不穏なムードが漂う。前年とは違った独特の雰囲気にうまく乗じることができるかどうかも、勝敗の行方を左右するだろう。がんばらなければ。皆様ぜひ応援してください。




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ある気づきがもたらしたブレークスルー。 [ラクロス奮闘記。]

夏合宿明けの初めてのラクロス練習が午前中にあったので大学まで足を運ぶ。4日間の休みを挟んだ後の練習なので心と身体の切り替えが難しいだろう。とは言え関西リーグの初戦がこの日曜日に控えているので、「まあ、いいか」などと呑気に構えてはいられない。ってことで、練習の雰囲気と学生たちの様子を見るべく朝早くから大学に来たというわけだった。


イージーミスは散見されたが、概ね、集中した練習ができていたように見えた。


午後からはそのまま研究室に籠り、デスク周りの片付けや新聞スクラップの整理に精を出す。それにしても散らかり放題のデスクに、「これは一度では片付かない」と早々に諦めて、目の前にある書類から順に手にとってのんびりとひとつひとつ片付けていった。そして、「まあ今日はこんなもんでしょ」と一息ついて今に至る。ブログを書くに至った、というわけである。


そういえばこの前のブログの最後に、今年のラクロス夏合宿では大きな気づきがあったということを書いた。「詳しくは次回に」と自らに宿題を課していたので、今日はそれについて少し書いていきたいと思う。


改めてもう一度書くと、それは
『「そんなことできるんや」「そういうことってやってもいいんや」という気づきがもたらすブレークスルー』について。


ある日、チームの中でダイレクトパスをする学生が一人出現した。「出現した」といっても降って湧いたように現れたのではなくて、1回生の時から4回生の今までずっとラクロス部に所属していた学生の中の一人である。その彼女はある場面で、キャッチするや否やすぐにそのままダイレクトにパスを出した。言わばオーソドックスな「ワンツーリターン」である。サッカーやバスケットボールならば比較的試みやすいプレーだが、ラクロスではそう簡単にはいかない。クロスの使い方に習熟していなければこのプレーを行うことは意外にも難しい(あくまでも俄かラクロッサーの体感ではあるが)。


「ワンツーリターン」とは、AさんがBさんにパスを出し、Bさんはキャッチするや否やすぐに走り込んできたAさんにパスを返すプレー。このプレーはラクロスに限らずともその他のゴール型競技でもよく見られるプレーである。壁パスなどと言ったりもするが、つまりこのプレーの要諦はボールが流れるようにつながるということである。


ただし、ここでは少々拡大解釈をしていただきたい。先ほどの例で言えばBさんはなにもAさんに返さずとも別のCさんにパスをしてもよい。すなわち「リターン」しなくてもよい。ダイレクトにパスが繋がる(=ボールを保持している時間がほとんどない)、というところが重要で、だからここで言いたいのは「ダイレクトパス」なのである。

この「ダイレクトパス」の連続はとても有効な攻撃パターンを創り出す。ディフェンスを打ち崩す有効的な戦術を組み立てる上ではとても大切なプレーなのである。なぜなら、ディフェンス側からすれば的が絞れないからである。ボールがどの選手に持たれるわけではなく絶えず動いている、パスが繋がれている。チェック(ディフェンス)しようにもできない。


流れるようにパスを繋げることがアタックの大きな目標となるのはだから言うまでもない。


ある日の練習でそのパスを見た瞬間にボクは「おっ!」と声を出した。その後すぐにその学生に駆け寄って「今のはナイスパスだ」と声をかけた。するとその学生は、「ずっとそうしたかったんですけれど…」と照れたように言葉を返してきた。そうなのだ。このダイレクトパスは一見すれば横着なプレーとして忌避される。パスとは、きちんとキャッチして、周囲を見てから、丁寧に行わなければならないと思い込んでいる節がある。確かに、クロスの使い方がまだ拙い初心者の頃はこうした丁寧さをもってパスをしなければならないだろうが、ある程度の習熟に達した後になってはこの「丁寧さ」は必要ない。かえってディフェンス側にパスコースを読まれてインターセプトされることだってある。おそらくこの学生は、1回生の頃から叩きこまれてきたこの「丁寧さ」に引きずられ、「もっとこうしたら有効なパスができるのに」という身体の内奥からの直感に正直になれずにいたのだろう。だがある拍子に身体が勝手に動いてついダイレクトにパスをしてしまったのだと思う。つまりあの日のダイレクトパスを放った瞬間に彼女の中で「殻が破れた」のだ。


厳密に言えば、その時のダイレクトパスは繋がらなかった。相手側が「まさかあのタイミングでパス来るとは思ってなかった」、つまりキャッチする準備ができていなかったがためにボールは無情にも地面に落ちたのだが、そんなことは関係ない。そこにどういう意図があったかが大切なのであって、次に同じようなシチュエーションが訪れたときにミスが起こらないようにすればよいだけだ。そのためにはどうするか。それは、キャッチする側が「ダイレクトパスが来るかもしれないという準備を絶えずしておくこと」。そもそも「チームの中にダイレクトパスを放る選手がいる」という認識がなかったわけだから、受け手の準備が整っていないのは当然である。うちのチームのほとんどの学生たちの意識の中には「ダイレクトパス」という概念が、おそらくなかった。そんな中で、突然ダイレクトパスを放られても誰も反応できやしない。


ただ、その一つのパスで変わる。意識が、変わる。その学生にパスを出した瞬間、すぐにリターンで返されるかもしれないという準備が、練習を重ねるうちにできてくる。「ダイレクトパスがくるかもしれない」という心構えですべての練習に取り組むうちに、徐々に反応できるようになってくる。


この意識ができてくると、おそらくはパスのつなぎがスムースになってゆく。言わばシームレスなパスのつなぎへと変わっていくに違いない。なぜなら、パスした後、次の動きへの準備がすぐにできるようになるからである。これが全体に波及していけば、パス、キャッチ、ランの境目がぼやけてきて、顧問就任当初からボクが言い続けている「ながらのプレー」につながっていくだろう。と、なんだか話が大きくなってしまった感があるが、こればかりはあくまでも期待の域を出ない。ただなんとなく確信に近いものを感じているが、こればかりは試合を見てみないことには結論づけることはできない。でもたぶんそうなるはずだけどなあ、なんて。


そしてここからが本題。チーム内でひとり、ダイレクトパスができるようになったと同時に、他の学生たちもダイレクトパスを試み始めたのである。その学生と「まったく同じように」とは言えないまでも、ダイレクトパスに近い形で、つまりキャッチしてからパスをするまでのボール保持時間が格段に短くなった。この変化は練習を見ていてとても驚いた。流れるようにパスが繋がればディフェンスされにくい、だからなるべくボールを止めないように、という指導は、これまでにもしてきたが、なかなか浸透しなかった(今から思えば当然で、言葉で説明するだけでできるわけがないのだ)。でも、チーム内の誰かひとりがそのプレーを試みて、それを見た周囲の選手たちがそのプレーに呼応するかのようにほぼダイレクトにパスをつなぎ始めた。その結果としてチーム全体のパスのつなぎ方が明らかに変わったのである。


つまりこれは、「そんなことできるんや!っていうか、やってもいいんや!」という気付きがもたらせた一つの効果なのだと思う。この気づきが、その学生をはじめ、チーム全体のブレークスルーをもたらしたのだと思う。論理的にこうなることは薄々感じてはいたものの、グググッと変化したその現場に居合わせてみたら、これほどまでに変わるのかと驚いた。ビックリして興奮して、スポーツを指導する上でこれはとても大切なことだから身体に刻み込んでおかなくてはと心に決めたのであった。


そしてここからの指導者の仕事。つまりボクの仕事は、そのダイレクトパスが「横着で、いい加減で、軽いパス」にならないようにじっと見極めること。それを見極める目を養わなければならないということだろう。プレーの善し悪しはまさに紙一重なのだから。よし、がんばろう。これからの学生たちの成長がとてもとても楽しみで仕方がない。





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2011年度ラクロス部夏合宿終了。 [ラクロス奮闘記。]

それにしてもまた更新が滞ってしまった。なかなか書けずにいる自分を歯がゆく感じてはいるが、こうした停滞時期もまた今のボクには必要なのだろう。そこは割り切って、書ける時に書いていくことにする。

昨日までラクロス部の合宿で岐阜県は飛騨流葉に。昨年と同じ「ロッジ千台屋」という宿に泊まり、3泊4日の日程でした。関西ラクロスリーグが13日に開幕し、神戸親和女子大学の初戦は21日。それに向けての最終調整をするという位置づけで、この合宿を行ったというわけです。とは言えラクロスは毎年8月の半ばから終わりにかけてリーグが開幕するので、夏合宿が最終調整的な意味合いを持つのは毎年のことです。とにかく反復したり、走り込んだりするのではなく、あくまでも最終調整をすることに意味がある。ボクはそう考えて乗り込みました。おそらく学生たち一人一人もそのような意識で臨んだのではないかと思います。

この合宿で徹底しようとボクが考えたのは「オンとオフの切り替え」。すなわち気持ちのスイッチを意識的に入れる癖をつけなければ、と考えたからです。この「オンとオフの切り替え」は、もちろん普段の練習から意識的に行っておかなければならないことです。試合開始と同時に100%のパフォーマンスを発揮して試合の主導権を握れば自分たちに有利な試合展開になる。また、相手に得点を決められたのちに素早く気持ちを切り替えていつも通りのパフォーマンスができれば試合は必ず拮抗してくる。ひとつのミスに落ち込んだりせず、気持ちを切り替えて再び積極的なプレーができるかどうか。それがよい流れを作ることにつながります。

ただどうしても学生同士では気持ちを切り替えることは難しい。暑さや疲れが「まあええか」という諦めを生み、続けざまに得点を決められると「どうしよう」という不安が芽生え、それがメンバーに伝染していきチーム全体のパフォーマンスが下がる。こうなれば勝てる試合も落としてしまう。イーブンボールなはずなのになぜか相手に有利な転がり方をしたりして、いわゆる試合の流れが相手に傾いてしまう。これはただ単なる偶然などではなく、芽生えた不安とそれからくる焦りによって無意識的にそうさせてしまう。だからどんな情況にあろうとも試合中は後ろを振り返ってはいけない。取られたら取り返せばいいのだし、諦めてはいけない。そのためには普段から「オンとオフの切り替え」を習慣づけておく必要があります。

ひとつ屋根の下で寝食を共にする合宿では継続して練習を見ることができますし、食事やミーティングなどで一人一人の顔を見ることができる。そして個人的にアドバイスしたいなと思えば宿舎内でのすれ違いざまに声をかけることもできる。何かを徹底して意識させるには合宿というのはとてもいい機会です。何より皆が同じ時間に起きて、食事をして、練習をするという、同じ時間の使い方をすることでの一体感はとても心地が良い。気分がいいときには気持ちのよい言葉を口にしやすくなるし、おそらく聴く方にしてもすんなりと入ってくるはずです。

てなことでひとつの大きなテーマとして「オンとオフの切り替え」を掲げてみましたが、この合宿に限ればそれは成功したのではないかという手応えがあります。ただ、問題はこれからです。ここから約1週間後の試合までにそれを継続できるか。そして、リーグが続いている間ずっとこの「オンとオフの切り替え」を意識して練習できれば、チームはがらっと変わってくるように思います。

スローにしてもキャッチにしても、それぞれの技術は格段に上手くなっている。ラクロス素人顧問のボクが言うのもなんなのですが、その成長ぶりにはちょっとびっくりしてます。ただ、だからといって試合に勝てるかと言えばそうは問屋が卸さない。重圧がかかる試合で、練習の時と同じようなパフォーマンスができるかどうか、それは全くの別問題です。体勢が崩されても落ち着いてプレーできるか、多少スローが乱れても落ち着いてキャッチできるか、ここで決めなければ負けるという場面で落ち着いてシュートができるか。つまり「落ち着いて」プレーすること。それができるかどうかはまだ未知数です。

「オンとオフを切り替える」という意識は自分を落ち着かせ、またチームを落ち着かせるためには身につけておくべきこと。いや、それがまずあって、その上にいろいろな技術を積み増すことで選手として成長してゆく。確かに技術的な向上は自信を生み、その自信がどんな状況に置かれても動じないほどの落ち着きを生むということもあります。だから一概に言い切ることはできないかもしれない。でも少なくとも今のうちのラクロス部にとっては「オンとオフの切り替え」という心構えを身につけることが必要不可欠だと言い切ることができる。

試合開始と同時に100%のパフォーマンスを発揮し、後半開始直後も同じようにプレーする。ミスが起きてもいちいち落ち込まずにそれのフォローに全力で取り組む。点数を取られてもめげずに次の1点を取りにいく。こうした心構えで試合に臨めるように学生たちをサポートしていきたいと思います。


ちなみにこの合宿を通じてボク自身が強く実感したことがひとつあって、内容としてはこれまでに何度も考えてきた内容なのだけれど、それを身体で感じ取ったというか、ストンと腑に落ちたのだった。それは、『「そんなことできるんや」「そういうことってやってもいいんや」という気付きがもたらすブレークスルー』なんだけれど、短い言葉では説明できそうもないので、また後日あらためて書いてみようと思う。上手くなるってこういうことなんですね。だとすれば指導とは「そそのかす」ってことなのかもしれません。




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入替戦に勝って1部昇格を果たしました! [ラクロス奮闘記。]

先ほど家に帰り着いた。入替戦が終わり、その後に行われたシーズンお疲れさん会でほろ酔いになって気分良く帰ってきたのである。

そう、まさに「気分良く」である。

そうなのだ。親和ラクロスは神戸学院大学を7−6で下して1部昇格を決めたのである。シーズン当初からの目標であった「全勝優勝で1部昇格」はならなかったにしても、「1部昇格」を達成したのだからこれは喜ばずにはいられない。お気楽コーチだからあくまでも“お気楽に”喜ぶ程度にしようと努めたけれど、からっきし無駄だった。我が事のようにすっかりと喜んでしまったのであった。

試合前の練習は、僕が思っていたよりも緊張することなく落ち着いた感じで淡々とこなしているような印象を受けた。「うん?、ちょっと気持ちの入り具合が足りないかな?」と感じたけれど、パスキャッチもスローもあまり乱れがない。というよりも、スムースにパスがつながっている。そう感じたのであまり余計なことは言わずにおこうと、しばらく練習を眺めることにした。

「スクウェア」という練習では、落とさずに何回パスを繋げるかを数えるのがこれまでの慣習となっている。ここんところの練習ではあまり行っていなかった「スクウェア」であったが、なんだかスムースに行えていることに「ほほう」と僕のテンションが高まる。そうこうしているうちに100回を数えるほどにパスが繋がったので、さらに僕のテンションは上がって、「ああ、今日の雰囲気はほどよい落ち着きなんだな、きっと」という確信を得るに至った。そんな僕の内心を尻目に、彼女たちはまだ淡々とウォーミングアップに勤しんでいる。そんな様子がいい。本当にいい。さらにテンションは上がる。

そしてふと相手チームに目をやると、どうにも気合いが入っていないような、集中力が足りないような雰囲気を、僕自身は感じ取った。「あれ?、もしかしてこっちが2部だから油断しているのかな」という印象を受けたが、それはみんなの前では口に出さず、何人かの学生には野村監督ばりにぼやいてみた。「こっちを舐めてるかもしれんぞー、だとしたらなんか悔しいよなあ」みたいな言葉づかいで。

だんだん試合開始の時刻が近づいてくる。それでも彼女たちの様子は変わらない。ふとある学生が「なんか今から試合をする感じがしない」というようなことを口にした。それを耳にして直観的に「あっ、いけるかも」と僕が感じたのは、普段は緊張でがちがちになる学生の口から出た言葉だったからである。その彼女は、試合に集中できていないから何だかフワーッとしているのではなくて、それとは反対にいい具合にリラックスした精神状態なのだろうと思った。あくまでも瞬間的にそう感じた。普段はガチガチになる学生がリラックスできる雰囲気がチーム全体を包んでいるのだとすれば、少なくともこちらが持てる力はかなりのレベルまで発揮することが出来るはずだ。試合に勝てるかどうかは神のみぞ知るわけで選手や監督がコントロールできるはずもないが、とにかく持てる力を発揮できそうだという確信を得られたと、こういうわけである。

ドロー(ラクロスではキックオフのことをドローという)後すぐは、思いのほかこちらのアタックが決まり立て続けに点数が決まる。「おいおい、このままいけるんちゃうかぁ!」という気持ちを精一杯に抑えながら、冷静に戦況を見極めることに努める。前半は6−3。3点差をつけての折り返しは上出来も上出来だが、前半終了間際にこちらのまずい攻めからターンオーバーをくらって失点されたことが妙に気に掛かる。このまますんなり勝たせてはくれまいという想いのままハーフタイムへ突入。

後半開始早々、幾度かのアタックチャンスを得るが得点を決められず。とにもかくにも後半開始直後は大切な時間帯であり、現役時代にもよく言われたが後半初っ端の時間帯に主導権を得ればそう大崩れをすることはない。3点もリードしているわけだから時間との闘いになればリードされている側に焦りが生まれるわけである。勢いに乗って1点を決めてしまえばしばらくはこちらのペースで試合を運ぶことができるし、そうこうしているうちに4点という点差に相手チームは焦り出す。そうなればじっくりと腰を落ち着けて攻めることができるわけで、流れがこちらに傾き勝利が近づいてくる。

が、しかし。

幾度かのチャンスを決めきれなかった。
ここから相手チームに流れが傾いてしまう。

そうなればさすがは1部に所属するチームである。あっという間に1点差になった。すぐさまこちらも意地を見せて、残り10分を切ったあたりで何とか1点を追加して2点差にまで広げるも、すぐにまた返されてしまう。残り5分で1点差。相手の猛攻を食らい続ける。

残り1分を切ったところでこちらの反則でフリーシュートが相手に与えられる。サッカーでいうなればPKといったところである。ただし、シュートする相手に対してサイドからディフェンスに行くことはできるので、サッカーほどに決定的なチャンスではないが、それでも大ピンチには変わりない。祈るような気持ちでベンチにいる控えの学生共々、そのシーンに視線を送った。

「たのむ!」

合図の笛が鳴らされてシュートが放たれる。ゴールネットを揺らしたのが遠くからでもはっきりとわかった。「やられた、これでサドンデスに突入か・・・」と思ったのも束の間、すぐさまレフリーの笛が鳴り、シュート側の反則が認められてゴールが無効となる。残り数十秒。パスを繋いで時間を使って試合終了。何とも劇的な幕切れに、ベンチは喜びの涙でぐちゃぐちゃになった。

勝利の喜びを感じると共にプレッシャーに解放された安堵感から泣き崩れて喜ぶ学生たち。皆が皆、本当にいい顔をしていた。お気楽コーチは、お気楽感をつくるのに必死だったことはおそらく誰にもバレていないだろう。しかしここでこうした書いてしまったので結果的にバレてしまうけれど、この際まあいいか。

これで4回生は引退を迎えることになった。4回生は、最後の試合に勝って学生生活を終えられる喜びを存分に味わっているように見えた。が、中には複雑は心境を抱える学生もいたことと思う。最終学年で試合に出られた学生とは対照的に、ベンチで出番を待ちながら結局は試合に出られなかった学生もいた。そうした学生は、劇的な試合展開のゲームを制し、一部昇格を果たした喜びはもちろん感じているだろうが、その喜びと同じくらい、グラウンドに立てなかった悔しさも感じていることだろうと思う。嬉しいけど悔しい、よかったけれどよくない。相反するふたつの気持ちに引き裂かれた心境に、内心はぐちゃぐちゃだったのだろうと思う。

そんな彼女たちに対して僕は下手な慰めをしようとは思わない。スポーツとはそういうものなのだ。こうした心の葛藤を抱え込むのもまたスポーツの醍醐味であると思うからこそ、下手な慰めはしないでおきたいと思う。彼女たち自身だって頭ではわかっているはずだからだ。勝つためのチーム編成に自分がいないという厳しい現実を、頭では受け入れているはずである。ただ、気持ちが、心が、身体がそれを上手く噛みくだけないでいる。とてもつらく、そう簡単に割り切れないだろうが、こればかりは仕方がない。しゃーない。

ただこれだけは言える。言っておきたい。

今日のような熱い試合ができるいいチームになったのは、試合に出場している選手だけが頑張ったのではなくて、チームのひとりひとりが親和ラクロスというチームの雰囲気を創り上げたのだということを。そうして創り上げた雰囲気の中で皆がそれぞれに成長したのである。これは綺麗事でもなんでもなく、紛れもない現実である。親和ラクロスの誰一人が欠けても今日のような試合はできなかった。僕はそう強く確信している。4回生に限らず、もちろん3回生も、2回生も、1回生も、誰一人欠けても今日の勝利はなかった。

顧問になってお気楽コーチをさせてもらってからというもの、僕は彼女たちから学んでばかりいるような気がしている。記憶の中で忘れかけていたもの、ラグビー選手として打ち込んできた時間の中で知らず知らずのうちに身についていたあれこれが、彼女たちを指導する際に次々と甦ってくるのだ。僕は彼女たちから自信をもらっている。かつてははっきりとした手応えを感じていたはずの自信が、今度はやんわりとした確信を伴ってストンと腑に落ちていくというか何というか、そんな不思議な感覚がある。

とにかく今日はおめでとう。本当によかった。そしてありがとう。4回生はお疲れさんでした。3回生以下のみんなは、しばらくはゆっくりしてまた来年も頑張っていきましょう。


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1部昇格は入替戦に持ち越し! [ラクロス奮闘記。]

遅ればせながらの報告となってしまったが、親和ラクロスは1部昇格を賭けた2部リーグ1位同士の試合に8-11で敗れた。これで自動昇格はならず。1部に上がるためには今週末に予定されている神戸学院大との入替戦に勝たなければならなくなった。以前にも書いた通り、いくら下位チームであっても1部にいるチームはこちらが想像する以上に強い。しかしながら今の段階で1部昇格という目標を達成するためにはこの試合に勝つ以外に方法がない。負けて元々だと考えて全力でぶつかるしかなく、彼女たちがこれまでの練習や試合で培った力を余すことなく発揮できるように、しっかりとサポートしたいと思う。

勝つ時もあれば負ける時もある。それが勝負である。確かに勝てばうれしいもので、スカッとするのは言わずもがなである。快勝した後のビールはとてつもなくうまいし、酔えば酔うほどに気分はよくなる。開放的になり過ぎて粗相をしでかしたことなんて数え上げたらキリがない。いやあるか。あるということにしておいて欲しい。

とにかく勝つことだけを目指して練習に励んできて、これでもかという時間をつぎ込んできたのだから、目標を達成できたときの喜びはこの上ない。ただ、思い返してみればそれだけなんだよなあ。ビールがおいしかったとか、開放的な気分になったとか、とかく情感的なものが記憶として残っているだけで、あとは特別に何もない。「開放的」という表現を使ったけれど、もっと体感的にいえば「ホッとした」だけというか、そういうものだった。とにかくしばらくはゆっくり過ごせるぞという安堵感にも似た感じだった。

では、試合に負けた後はどうだったかというと、それはそれは鬱陶しい気分が心を埋め尽くしていて、帰路に着くバスの中ではほとんど誰とも口を利くことなくブスっとしたまま居眠りを決め込んだりしていた。あの時こうしてればなあという後悔の念と、せっせと格闘していた。決して気分のよいものではないが、あまりに気分が悪いせいで2度とこんな思いはしたくないという情動がかきたてられる。それが次の試合に向けての意欲につながり、なんだか燃えてくる。

今から思えば負けた後の方がなんというか非常に建設的だと思うのだ。次の試合への、未来に向けての道が開かれるというかなんというか。負ければ悔しいに違いないが、悔しいと感じた分だけ未来に向けて歩み始めるためのエネルギーが供給されるように思う。負けを抱え込んだ時の何とも言えないもやもやした感じは、できることなら味わいたくないとは思うけれど、その反面、あの思いが今の僕を形作っているような気がして、今となってはちょっとだけ愛おしかったりする。勝ったことで何もかもがスッキリして飲むビールと、片付かない気持ちを抱えたまま傾けるジョッキはのど越しが全く違う。勝利の美酒は旨い。でもそれだけなんだよなー。旨い、それだけ。でも負けた後は違う。一杯ごと、一口ごとに味が変わるというか、旨くもなるし、まずくもなる酒というかなんというか。そんなことを思えば、試合の敗因をウダウダと夜通し語り合うあの時間も実のところ楽しんでいたんだよなと思えてくるから不思議である。

ここまで書いて思い出した言葉がある。

勝利とはその瞬間に自己肯定とともに過去に繰り入れられる宿命にあるが、敗北は未来へ向けて自己を見つめ直す契機だからだ。
(いつぞやの『カフェヒラカワ店主軽薄』

平川克美さんのブログを読んでいてメモした言葉である。なるほど、僕が感じていたなんだかもやもやとした実感はまさしくこういうことなのだなあと思う。試合後の談話なんかで「勝って反省できるのはいいことだ」的な言説にお目にかかるけれど、本質的な意味において勝って反省できることは難しいと思う。負けたという現実を受け止めて出発する思考こそが反省だと思うし、「勝って反省」は自己肯定とともに過去に繰り入れられたものをほじくり返すことにしかならないわけで。

勝負は勝つ時もあれば負ける時もある。だからゲームは面白いわけだが、その裏側で蠢く感情や思考があることをスポーツをしている人間は忘れてはいけないと思う。勝敗だけで片付けられるほどにスポーツの面白さは単純ではないのだ。

勝つか負けるかに全身全霊で臨むことは極めてスリリングな営みであって、そのスリリングさは勝敗ごときに左右されはしないのである(きっぱり)。だから負けた後のビールはまた違った意味合いで旨い。たぶん、旨い。今になって改めてそんな風に思う。



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2部リーグ1位、おめでとう。 [ラクロス奮闘記。]

「ジョージ・グレーガンのタックル」について考察して欲しいというコメントが書き込まれている。ラグビーに詳しくない人にとってはなんのこっちゃな内容だろう。しかしながらラグビーファンならば、彼のプレーを見てなんでやろうと訝しんだ経験が一度はあるはずである。実のところ、彼が来日してサントリーでプレーするようになる前から、あのジョナ・ロムーすら一発で倒すタックルに興味を抱いていたので、まさにその秘密に迫ってみるべく機会が与えられた気がしている。

と言いつつも、もうしばらく彼のプレーを静観してから書くことにしたい。今はまだ書けない、という気がしているのである。頭の中には、何となくではあるがイメージはあるのだけれど、まだ言語化できそうにないほどに星雲状態なのである。ブログの更新を気遣って提案していただいた「さわさきさん」には申し訳ないけれど、今しばらくお待ち下さい。もったいぶる感じなのですが、あまりにおいしいネタなのでじっくり考えさせていただきます。もしかすると身体観測に書くかも、です。

さてと。

最近はウイスキーにのめり込んでいて、というよりもウイスキーというお酒の何もかもを知りたくて覚えたくて、今もサントリーの角を飲みながら書いている。いつかの【THIRD ROW】でカネムラ先輩ご愛飲のラフロイグを飲んだのがきっかけで、ちょっとウイスキーっておいしいんとちゃうん、と感じたのである。そう言えば、ハギジイがハマりだした時期とも重なっている。つまりは周りの人の影響をもろに受けて飲み始めたというわけである。

とにかくロックがおいしい。グラスの注ぎたては鼻にクイッとくる感じを楽しみ、氷が溶け始めた頃になると喉ごしで味わい、すっかり氷が小さくなると名残惜しい気持ちでグイッと飲み干す。うまい。今はまだよく味がわからないので、こうして格好つけながら家でひとりで飲んだりしている。だから角で十分なのである。大学の先輩先生からお土産でいただいた白州が今のところいちばんの好みかもしれない。シングルモルトがよい。

家飲みは1杯だけを心掛けているのだが、今日はあまりにおいしくて2杯目に突入。その理由は勝利の美酒だからである。ブログの更新をサボりまくっている間にもラクロスの試合は続いており、本日はリーグ最終戦であった。勝てば2部リーグ1位が確定、負ければ3位となり、1部への昇格の道が断たれるという大事な試合に、彼女たちは今シーズンベストな試合内容で勝利を収めた。これは飲まずにいられない。ちょっとした興奮を落ち着かせるために酒が必要だったのである。

うちのラクロス部は2部リーグに所属しており、今シーズンの目標は1部昇格である。1部に昇格するためには少なくとも2位以内に入ることが必要で、うちを含めて関西大学、神戸女学院大学の3校が残り2議席を争っている。この3校のこれまでの戦績は以下の通りである。

本日の対戦相手である関西大学は5勝1分け。すでに全日程を終了し、この試合の結果待ちである神戸女学院大学は5勝1敗1分け。
そして、神戸親和は5勝1敗。

負ければ5勝2敗で3位、勝てば唯一6勝を挙げることになり1位が確定する。まさに背水の陣である。

負ければ引退を迎える4回生は秘めたる熱い気持ちをコントロールしようと努め、下級生はもうしばらく先輩たちと試合がしたいという気持ちを支えに迫りくるプレッシャーと闘っていた。そんな彼女たちがウォーミングアップをしている様子を眺めながら、いかにリラックスさせようかと思案しながら、しかしそうした思いを悟られないようにと、どこか余裕をカマしたように振る舞おうと努めていた。彼女たちの目にどう写ったのかわからないが、とにかくそのことだけしか頭になかったと言ってもいい。

しかしである。彼女たちを見ていると意外にもしっかりと動けている。一つ一つのプレーに、固さがみられるわけでもなく集中力が切れているわけでもない。あっ、これは極力ゴチャゴチャ言わない方がいいかもしれないと決断し、グラウンドに入る直前にはつい力が入ってしまったものの、それ以外はあまり多くを語らずに送り出した。それがよかったのかどうかはわからないけれど、とにかく彼女たちは最高のパフォーマンスを見せた。ふう。ホッとした。

これで2部リーグ“Bブロック”の1位が確定した。
そう、2部リーグはブロックが2つある。1部に上がるためには、Aブロックの1位チームとの試合に勝たなくてはいけない。その試合に勝てば文句なしに1部昇格である。いわゆる自動昇格ということである。しかしながら、もし負けてもまだチャンスが残っており、1部リーグの下位チームと直接試合をして勝てば昇格できる。言うなればチャンスは2度訪れる。

だからといってどちらかの試合に勝てばいいという心構えでは、おそらく昇格はできないであろう。なぜなら、どのスポーツにおいても1部に所属するチームと2部に所属するチームには、想像をはるかに超えた実力差があるからである。1部リーグで下位に位置するとは言え、2部のチームに比べたら確実につよい。1部のチーム同士でもまれていれば知らず知らずの内にチーム力は高まっていくものであり、2部に落ちたチームがそのレベルに馴染んでしまってなかなか1部に復帰できないという現象がスポーツを問わずにみられるのはそのせいである。

だから心してかからなければならない。

なんて力んでみても、僕はやはりラクロス初心者のただのお気楽コーチなわけだから、気の利いたアドバイスなんかできるわけもない。つまりのところプレーするのは彼女たちである。せめて気持ちよくしかもリラックスしてプレーできるように、ラグビー経験で培ったあれこれを精一杯の言葉に詰めて送り出してあげたいと思う。彼女たちがうれしくて泣きじゃくる姿をもう一度だけ見たい。

とにかく今日はよくやった。十分に感動させてもらった。
危うくもらい泣きしそうだったお気楽コーチは、ときおり笑みを浮かべながら帰路につき、そしてウイスキーを呷っている。とてもうまい。


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秋学期のはじまりはじまり。 [ラクロス奮闘記。]

シルバーウィークが終わったと同時に秋学期が始まった。鈴蘭台の坂を上って大学に着いたら幾人かの学生が眠たそうな目をして歩いている。校舎の中に入れば学生たちの姿がちらほらいて、1限目が始まってすぐくらいの時間だったのでごった返していたわけではないけれど、その風景を見てああ始まったんだなあという実感が湧いてくる。研究室の場所も変わったし、まさに心機一転で迎えた秋学期である。

それにしてもシルバーウィークはあっという間に過ぎ去った。何をしていたのかなあと振り返ってみると、19日は入試業務のためにほぼ一日を大学で過ごして夜は【THIRDROW】リコーvsNECを観戦。翌日はぼけーっと好きな本を読み散らかしてるうちに終わり、21日は動感感覚研究会のフォーラムでまたまた大学で過ごす。夕方頃に終わると慌てて実家に帰り法事をすましてそのまま爆睡。次の日はたくさんの人で混み合う四天王寺に家族で出かけて、お塔婆を流す。母や弟と話すうちにすっかり昔話に花が咲き、忘却の彼方に置き去りにしてた過去が思い出されて苦くも甘ずっぱい気持ちを味わう。中島みゆきの「そんな~時代も~あ〜ったねと…」というフレーズがリフレインすることしきりで、少しばかり腰を落ちつけることができたような気持ちになってホッとする。明確な記憶は言葉になるけれど、そんな記憶の何倍もの容量を持つ“記憶”が無意識の中には眠っていて、そしてそれらは決して言葉にはならない。言葉にしようがない。そうした記憶が自分にはあることがわかって、ホッとしたのだろうと思う。やっぱり家族は頼もしい。

そして昨日はラクロスリーグ戦、vs神戸大学の試合。伊丹スポーツセンターで行われた試合は10-7で勝利を収めた。すっかりレポートが滞ってしまっていたけれど、神戸親和ラクロス部はこれまで4勝1敗。神戸女学院に唯一の負けを喫している。残り2試合の相手は奈良女子大と関大。神戸女学院が取りこぼさなければ1位になることはできないが、わずかな望みをつなぐためには一つも負けることが許されない。彼女たちの頑張りを支えるべく、このお気楽コーチも気を引き締めて指導にあたろうと思う。

そんなこんなで秋学期が始まったとはいえ僕の初授業は来週の火曜日なので、まだスイッチが入り切っていない。しかも秋学期は全5コマ中実技が4コマなので春学期ほどの重圧はなく、とても静かな心模様である。春に比べれば研究業務にエネルギーを注ぎ込むことができそうな見通しが立っていて、だからどこかゆったりと構えることができているのではないかと思う。しっかり読んでしっかり書いていこうと思う。

さて、今日のところは帰るとしよう。
2009年度秋学期初日、無事に終了。って特に何にもしてへんけど。



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お盆明けの宴と試合。明日は対談。 [ラクロス奮闘記。]

お盆休みを終えてまたいつものペースが戻りつつある。とは言ってもまだ授業がないので気持ち的にはとてもリラックスした毎日である。落ち着いてものごとを考えてみる気力が湧いてきているのがとても心地よい。

お盆休みの締めは中津にあるTODO O MUNDO】(トドムンド)での宴。
「こいつはお酒ばっかり飲んでるなあ」と思われるかもしれないが、ほとんどその通りなのは僕も否定しがたいところだが、ただ言い訳をさせてもらえるならば酒場での話を意識的に書いている節があることだけは断わっておきたい(いったい誰に?)。飲むときは飲むし、飲まない時は飲まない。ただそれだけの話なのである。しかし、お酒の席がもたらしてくれるどこか心の芯が温まるようなあの感じは、確実に僕を書くという行為に誘ってくれる。だから酒ずくしなブログになってしまう。たぶん今日もそうなる予感あり。

あの日のメンツは、中学高校からの悪友、とは言ってもともに酒を飲むようになったのは最近のタケローと、何から何までいただきっぱなしのアオヤマさんと、店主でもありタケローの師匠でもあるマルタニさん。このメンバーで飲んだのだからご機嫌でないわけがない。マルタニさんがブログに書いているように、共通の話題とそれぞれに固有な物語が絶妙のタイミングで交わり合う心地よさを感じながらワインを5本あける。それまでにも生ビールを連打していたのですっかりと泥酔。夜が更けていくという感覚が消え失せ、最終電車の時間を気にしてソワソワすることも早い段階で放棄。酔った、あー酔ったさ。

意味のあることばかりに曝されて、それは社会で生きていく上で必要不可欠なことだから不可避なんだけれども、そうした営みの中で蓄積されていくあまり好ましくない「何か」は心の底に確実に広がっていく。身体に重しをかけられたように動きが鈍くなり、思考が散逸していくような感覚がそこにはあって、その「何か」が蓄積され過ぎると「このままではアカン」という漠然とした危機感が襲う。身体が「おい、そろそろガス抜きしてくれや」というシグナルを発し、それを察知したときに行きたくなるお店が【TODO O MUNDO】である。それはもちろんマルタニさんとアオヤマさんとタケローというメンツを含みこんだ【TODO O MUNDO】ということだ。

いつも感じることだけれども、あの場で得られるのは僕はやはり体育会的な人間であるという紛れもない実感である。それはつまり自分があまりにものごとを知らないという事実を突きつけられるということと表裏一体の感覚なんだけれど、とにかくそうした実感が得られる。こうした感覚は、体育会的なノリに少しばかり距離を置こうとしている昨今の僕からすれば好ましくないはずなのだが、決していやな気持ちにならないのが不思議である。どちらかと言えば心地よい。それは自分の立ち位置がはっきりすることの心地良さとどこか似ている。今の僕自身のどこをどのように切り取ったところで「ラグビー」しか切り取れないわけで、その紛れもない事実を自らの立ち位置がはっきりすることによりポジティブに捉えることができるから、心地良いと感じるのかもしれない。自分のことは自分がいちばんよくわからないので、たぶんそうなんだとしか言えないのだけれど。ま、どっちでもいい。

とにかく飯がうまくて酒がおいしくて時間が止まっていた。
それだけでもう充分なのである。
そう言えば次回は神戸で、なんて話をしていたな。うん、楽しみだ。

さてと話題をコロッと変えることにして、一昨日は関西ラクロスリーグ戦の初戦、流通科学大学との試合が龍谷大学瀬田キャンパスのグラウンドで行われた。結果は8-7で勝利。ふう。内容的にはあまり褒められたものではなかったけれど、接戦を制したという点は十分に評価できる。あれだけミスしながらもなんとか格好をつけることができたのは実力があるからだと僕は思っている。

昨年から顧問を引き受けて週1のペースで彼女たちの活動を見てきた中で言えるのは、もう少し情報を遮断してもいいだろうということである。練習ごとに反省をするその姿勢を僕は高く評価している。コーチが常駐しない中で技術の向上を試みるには、学生同士がお互いの欠点やチームに足りないところを指摘し合うのは確かに必要だと思う。しかしながら「反省」という言葉からわかるように、あまりにできないところだけを列挙し過ぎると「自分は下手だ、もしかするとこの先もできないかもしれない」というネガティブな見通しが心を支配するようになる。そうなるとしんどいし、チーム全体の雰囲気が悪くなる。

だからミーティングではよかったところを指摘することも大切だと彼女たちには説いてきたし、おそらくその大切さを彼女たち自身も頭では理解しているとは思うが、まだ「身体でわかる」までに至っているとは言い難い。焦りや不安を感じれば誰でも身体が固くなり、ネガティブな思考に陥りがちとなって否応なく「できないプレー」に意識が向いてしまう。そうした傾向が強く出たのがこの前の試合じゃなかったかと僕はみている。

とにかく頭で考えることから解放する必要がある。リミッターをかけまくる脳ミソの呪縛から解き放たなくてはならない。ごちゃごちゃ考えるのは練習の時だけで十分だ。脳ミソの支配から逃れるためのひとつの方法は、いざ試合となれば「なるようになるさ」的に発想を転換してとにかく元気にグラウンドに出ていき、とにかくお互いに励ましの声を掛け合いながらプレーに没頭すること。情報を遮断するというのはそういう意味である。

彼女たちは本来の力をまだこれっぽっちも出せていない。それは言い変えればまだまだ伸びる要素があるということである。何人かにアドバイスしたことは、もしかすると彼女たちにとっては少し高度な内容に聴こえたかもしれないが、君にはそれだけのことができるはずだという気持ちを込めてのことだと受け取ってほしいと思う。

リーグはまだ始まったばかりだ。頑張っていこう。

さてと明日は待ちに待った朝カルでの対談。いったい何を話そうかと先ほどまで仕込みをしていたけれど、まとまった話にならなくて困っている。まあ無理にまとめなくてもよかろう、という楽観的な姿勢で臨もうと思う。「On your mark」という声がかかるまではすべてのことを楽しむことにしているというボルトに倣って、リラックスしようと思う。そう簡単にリラックスできれば僕の抱えるあれこれのほとんどが解決するって話だけども。



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09年ラクロス部夏合宿を終える。 [ラクロス奮闘記。]

先ほどラクロス部の夏合宿を終えて帰宅。
滞在場所は広島県庄原市。
「かさべるで」という宿泊所での3泊4日の合宿は、
初日の練習前にざざっと雨が降った以外は快晴続きだったこともあり、
まことに充実したものとなった。

ここで何度も書いているとおり、我がラクロス部はキャプテンをはじめとする4回生が主体となって、練習メニューや1回生の育成などすべての活動を仕切る。
合宿場所の手配や練習試合の相手、OGに対する合宿参加の呼びかけなど、それぞれ役割分担を細かく分けて学生たちだけで運営している。

だから顧問の僕はほとんど何もすることがなく、ただただ彼女たちが決めたタイムスケジュールに沿って行動しているだけである。
「こんなんでいいもんやろか」という自問自答することも顧問になったばかりの頃はあったけど、今となっては「これでいいのだ」とバカボンのパパ風に思っている。思い込んでいる。

彼女たちには「自分たちで運営するんだ」という自覚がある。
ラクロス部の面々は当然のこととして感じているから無意識的かもわからないが、おそらくある。こうした自覚は監督やコーチやマネージャーが主体的に運営しているチームではどうしても育ちにくい。練習メニューの決定権をコーチに委ねているのか、自分たちが握っているのかの違いは相当に大きいからである。

与えられた練習メニューをあまり考えることなく反復するだけでもある程度までは上手くなる。しかし、自分たちでその意味を考えて選択した練習メニューに取り組むことからは、得られるものの質が違う。その練習がどのようなプレーに磨きをかけようとするものであるか、というような問いを深く抱え込むことにより「考えながらプレーする必要性」が生まれる。そのことの意味はとてつもなく大きい。

「練習を繰り返すこと」に大きな意味はあるが、
練習の意味も考えずにただ反復することとはその意味が異なる。
そして、ただ反復することによる弊害はあまりに大きい。

プロを目指す選手がコーチを信じてただただ反復するとなるとまた意味が違ってくるが、学生スポーツという文脈からすれば単なる反復練習は百害あって一利無しである。与えられることに慣れてしまえば、自ら考えようとはしなくなる。自らの頭で考えなければスポーツなんてやってても面白くも何ともない。「論理的に考えること」と「実践すること」の両面から取り組むからこそ、スポーツはスリリングで楽しいのである。

押しつけられた練習を半ば強制的に行うような学生スポーツなら、何か別の楽しいことに取り組んだ方が随分いい。苦行に耐えるような学生スポーツのあり方はナンセンスだと、僕は強く強く思うのである。

ラクロス部の彼女たちには「何とかして上手くなりたい」という強い想いがある。
しかしながら、そのための方法を与えてくれるコーチが身近にいない。
技術的なアドバイスはOGや学外の人間に求めなければならない。
つまり、目的を達成するためには日常的に自分たちで考えて工夫する必要がある。

彼女たちは当たり前のようにそれに取り組んでいる。
同志社大学4年時はバイスキャプテンとして主体的に取り組んでいたとは言っても、振り返ってみれば数々のOBやコーチに支えられていた。彼女たちに比べるとずいぶん与えられてきた環境での現役生活だった僕としては、彼女たちの逞しさに驚くばかりである。
こうして合宿に帯同すると彼女たちからたくさんのことを学んでいる自分がいる。

こんな風に書くと、
「おいおい、じゃあこの「お気楽コーチ」はいったい何をしているんだ、結局のところ何もしていないじゃないか」という突っ込みが聞こえてきそうなものである。
仰るとおりにたぶん僕はほとんど何もしていない。
僕がしていることと言えば、それは練習の合間やミーティングなどで気付いたところをちょこちょこ話をしているだけである。

僕にはラクロス経験はないし、ラクロスについてのあれこれを勉強し始めたのは昨年の4月からで、ほとんどド素人と言ってよい。
そんな僕に何を話すことができるのか。
ちょっと偉そうに言えば、それはスポーツ選手としての経験から導き出される心構えや考え方である。

「練習のための練習にならないようにするには?」
「集中力を維持させるコツ」
「プレーや練習ごとに意識を置くポイント

なんかを思いつくままに話しているのである。お陰様でこれまでの経験で知らず知らずのあいだに身についていたあれこれが、彼女たちの練習を眺めていると次々に湧き起こってくる。それがつい口をついて出る。

もちろんこれらはラグビー経験によるものだからそのままラクロスに通用するとは考えていない。だから僕なりにアレンジを施して、その上でなるべく平易な言葉を用いて話すようにしている。なるべく彼女たちの雰囲気を壊さないようにしながらも、彼女たちだけでは打破できそうにない問題に異なる角度から光を当てて一つの解決策を導くようなイメージを描いて。どこまでうまく話せているのか、そして彼女たちにどこまで届いているのかわからないけれど、わずかながらも手応えを感じているのは確かである。自己満足に過ぎないかもしれないが、僕の話に耳を傾けている彼女たちの頭の上に「なるほど!」という吹き出しが見えるときがあるのだ。

ということで、今年の夏合宿はフル参加で彼女たちの頑張りを見てきた。
彼女たちがそうであったように、僕にとっても充実した4日間なのであった。

リーグは2週間後に始まる。
今からとても楽しみである。
お気楽コーチはあくまでもお気楽に振る舞おうと努めているのであった。


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朝カル内田×平川対談、対クレスコ戦回顧。 [ラクロス奮闘記。]

日曜日の早朝にイソイソと出かけたのは髪を切るためである。昨秋ごろから伸ばしていて、この勢いのままに大学時代を彷彿とさせるくらいまで伸ばそうかなと思っていたのだが、あえなく断念。「彼女と別れたから」なんてナイーブな理由などもちろんあるはずもなく、ただの気まぐれである。耳の辺りがスースーとするし、鏡の中には見慣れないツラがどかんと居座っているが、これも切った直後だからそう感じるに過ぎないだけだろう。これから迎える夏に向けて準備が整った、ということにでもしておこう。

さてさて、先週末のことを少し書いておくことにしよう。

会議が終わってすぐに駆けつけた朝カルでの対談、内田樹×平川克美「内向きで何か問題でも?〜足元を見よ」が抜群に刺激的であった。平川克美さんは内田先生の小学生の頃からの同級生で、東京下町な感じの話しぶりが実に愉快で(なんて言うのはとてもおこがましいのだけれど)度々会場を爆笑の渦に巻き込んでいた。お二人が着席されてすぐ、ピンマイクの取り付けに戸惑う平川さんの素振りが僕の知っている平川さんらしくて、とても久しぶりにお会いしたにもかかわらず余所余所しい気持ちを抱かせないところがホントに平川さんだなあとニンマリする。

「攘夷で鎖国、それでいいじゃない」という内田先生の希望的未来予測な発言は、冗談っぽく聞こえるような語り口で話されていただけに「あっ、これは本気だな」と直感するに十分だった。本当の意味での国際性についての話がとても印象的で、世界基準に合わせるようにして自己を決定付けるのは国際性でもなんでもなく、自らの立ち位置をじっくり吟味し確認することなしには国際的などあり得ない。グローバリゼーションと国際性がセットで語られる今の状況はどう考えてもおかしい。みんな内向きになろうぜ。内向きになって自らの語る言葉を点検し、できあいのストーリーに乗っかってばかりいるのはやめようよ。自己の対象化に精を出すべきだよ。

お二人はおそらくこんなことをあれだけ楽しそうに話されていたのだろうと解釈している。もう少し砕けた言い方をするならば、「井の中の蛙」が井戸の大きさを知ろうと努力し、そこでどう足掻くのかを考えようよ、ということだろう。

いつもながら胸の空くような話ばかりの90分に、ここんところフワフワとしていた僕の心が、落ち着くべきところに落ち着いた気分になった。【黒門さかえ】で行われた、江さん青山さんに中島さん夫妻と内田先生平川さんによる打ち上げにまで寄せてもらって、この日はとても贅沢で爽快極まりない一日を過ごさせてもらった。

内田先生、平川さんをはじめ、皆様、楽しい時間をありがとうございました。おかげで得体の知れないわだかまりの一部がごっそり削げ落ちたような感じになりました。


翌日はラクロスの試合。舞洲まで車を飛ばす。
対戦相手だった福岡大学がインフルエンザの影響を受けて関西に来れなくなったことで、急遽試合相手が変更になる。クレイージースコーピオンというクラブチームと戦うことになった。このクレスコとは、今春の練習試合で2度対戦していて、0−9、3−7でいずれも敗戦している。代表選手も所属するクラブチームだけに実力差はあるから結果はそれほど問題ではない。しかし、だからといって始めから負けるつもりで試合をするなどオモシロくもなんともない。本気で勝ちにいく。そこに真剣みが生まれる。相手のペースで戦うのではなく、自分たちのペースで戦うこと。そして、イメージの中で相手を大きくしないことが大切。相手も同じ人間なのだからミスもするし、焦りもする。というような声掛けをしてみんなをグラウンドに送り出した。

最初5分まではよかった。けれどもそこから崩れ出す。

相手のキーマンに個人技を見せつけられて立て続けに点数を決められると、明らかに動揺する選手が増えていき、浮き足立ってしまった。前半だけで0−7。沈み込む気持ちを切り替えるべく「後半のスコアだけでも勝ちにいこう」と声を掛け、それが功を奏したのか後半の最初10分はいつものような思い切りのよいプレーが顔を覗かせた。大量リードで気持ちの緩んだクレスコに助けられた部分があるにしても、アタックする時間帯が長く、いつもの親和らしいプレーがところどころ見られたのである。

何とか2点をもぎ取り、ゴール前での決定的な得点シーンを幾度もつくったが、残り10分を切ったあたりから徐々に流れが相手に傾き、ついには3点を取られて、後半のスコアさえも負けたのである。

案の定、試合後の雰囲気は暗かった。前回の立命館大学との試合内容が良すぎただけに、この試合の不甲斐なさが際立ったというのもあるだろうが、それにしても暗かった。でも、僕は落ち込む必要などないと考えている。代表選手もいるクラブチーム相手によく戦ったとさえ思っている。試合は勝つときもあれば負けるときもある。しかも格上相手の試合に負けたからと言って落ち込むのは対戦相手にも失礼だし、それはまだまだ自分たちのチームを対象化できていない証拠でもある。目標は先にある。それに向けてまた努力すればいい。

ただ一つだけ、言っておきたいことは、試合中、点数を決められて劣勢になった時にその原因を探るのはやめるべきである。ミスを「指摘し合う」ことは絶対に試合中にしてはいけない。ミスを「確認」するのならまだしも、自らの焦りを誤魔化すようにチームメイトのプレーを批評するのは百害あって一利無しである。特に格上相手に勝利するには一致団結が必要で、チームが一丸とならなければ勝つことはできない。一つのミスを全員でカバーする気持ちがなければ一体感など生まれやしない。それだけは肝に銘じていて欲しいと思う。

技術的に細かな点はまた練習すればいいことである。何より相手は技術的にも優れているクラブチームである。技術の未熟さを反省するのは本末転倒なのである。逆に、自分の技術が未熟だと感じられる経験というのは喜ばしい。負けた試合からは実にたくさんのことを学ぶことができる。ぜひまた頑張っていって欲しい。お気楽コーチはチームのみんな一人一人の成長を願ってやまないのである(技術向上にはなんらアテにならないけれど)。

さて今日は日曜日。なのに今から大学に行かなくてはならないのは保護者会があるからである。洗濯物を干してからゆっくりと向かうことにしよう。

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