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女子サッカー・川澄奈穂美選手の取り組み。 [スポーツあれこれ]

現在発売中の『Number Do』(winter 2012)を読む。サッカー女子日本代表の川澄奈穂美選手が両手で力こぶを作りながら振り返っている表紙のそれである。その川澄選手のちょうど腰のあたりに白い文字で、“理想のカラダのつくりかた。”と書かれている。また筋トレやバランスのとれた食事などの効率的に筋肉をつける方法が、これでもかとばかりに綴られているんだろうなと、テーマにはほとんど惹かれなかったものの、川澄選手の逞しい後ろ姿に思わず目が留まり手に取ってしまった。いや、逞しい後ろ姿ではなくその可愛い笑顔に、というのが本音である。

その愛嬌のある笑顔で人気急上昇中の川澄選手が目指す理想のカラダは、なんとケモノだそうだ。見ていて美しいカラダではなく、ケモノ。さすがは世界一に輝いたチームのメンバー、掲げる目標がひと味違う。その字面からは臭いすら漂う「ケモノ」なカラダは、ボクが解釈するところによると、おそらく「動物的なカンが働くカラダ」だろう。その瞬間瞬間に訪れる情況において常に最適なプレーが選択できるカラダ。頭で考えるまでもなく独りでに動いてしまうカラダ。まさにケモノが身を翻すようにしてボールに迫る。その容姿からは到底想像できないけれども、そのギャップがさらに大きなインパクトを与えている。

そうなのです、ボクは川澄選手のファンなのです、ここまで書いてきて敢えて言うまでもないことでしょうけれども。

「ケモノなカラダ」がロングスパンでの目標だとすれば、もう少し手前には「疲れないカラダ」という具体的な目標を掲げているという。決して大きくはないカラダで世界と戦うために必要なのが「疲れないカラダ」であり、日々、こうしたカラダづくりを意識しつつ練習している。確かに試合を見ればグラウンドを縦横無尽に走り回っている印象がある。その上、ある試合では瞬間的に時速30km100mにすると12秒)が出ていたというのだから、ときに全速力をしながらもずっと走り続けるその能力には恐れ入る。

疲れないカラダ、か。そんなカラダになれたらどんなにいいことだろう。現役を引退した今となっては日常生活においてということになるが、そうなるとカラダよりも心の部分における取り組みが重要になるのは火を見るよりも明らか。人間関係を円滑にするためには、というような視点でね(ってなんのこっちゃ、脱線、失礼)。

でもこの疲れないカラダとは、言ってしまえば効率的に身体を使うってことで、つまりのところは筋肉に頼らず骨や関節などの身体構造を生かして動くことに他ならず、これって武術的な身体運用ってことだ。行き着く先はやはりここなのだな。なるほど。

以下は興味深いなあと感じた箇所。



・カラダづくりが好きなので無意識にトレーニングをやっているから「やってる感」があまりなく、歯磨きやご飯を食べるように日常の一部となっている

・試合の1日前と2日前はカラダとの対話を心がけている。試合でパフォーマンスを発揮するために、もっと動いておきたいと思えば攻守の切り替え時などで意図的に走り込み、あまり動かなくても大丈夫だと思えば適当にサボる

・朝、昼はあまり量は食べず、夜は自炊をしてバランスよく食べる。食事の内容はあまりこだわり過ぎないようにしている


スポーツ選手に抱くイメージとしてのストイックさとはまるで毛色の違う取り組みであることは一目瞭然。手応えばかりを追い求めてゴリゴリに行う練習ではなく、試合でパフォーマンスを発揮することを第一に考えながら身体と対話をするような仕方で取り組む練習をし、とんでもない量だったり、サプリメントから栄養素までびっしりと管理された食事ではなく、あくまでも楽しむことを前提とした食事をする。これが世界一に輝いたチームの一員の、スポーツへの取り組みである。

川澄選手以外にも取り上げたい人物がいるのだが、それはまた後日。
この『Number Do』、おススメですよ。

 



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「ハンガーノック」だったのかも。 [スポーツあれこれ]

今日もまた神戸マラソンのお話です。

30km
にも満たない地点で歩き始めてしまったことは昨日のブログで書いた。鉛のように固まってしまった両脚を引きずりながらかろうじて完走したことは周知の通りだが、その様子をブログで読んだある方からツイッターでアドバイスをいただいた。もしかすると「ハンガーノック」という状態になったのではないでしょうか、と。

ハンガーノックとはなにか。ちょいと調べてみたらいわゆるガス欠のことだった。個人差はあれど運動を約2時間続けて行うと血中の糖質が枯渇する。それはつまり身体を動かすエネルギーがなくなるということで、だから身体は途端に動かなくなる。ガソリンがなくなれば自動車は動かない。当たり前ですね。言わばそうしたガス欠状態に陥らないために、15kmくらいで早めに補助食品を口にするマラソンランナーは多いですよ、ということであった。

この指摘を受けて思い返してみたところ、脚が動かなくなったのは確かに2時間を超えてからだった。21kmを過ぎた辺りから「あれっ?」となり、そこからみるみるうちに身体が鉛と化した。「ぎしぎし」という感覚が両脚に広がり、特に膝から下がほとんど動かず、まるで地面から生えているかのような重さを感じた。そこから5〜6kmもいかないうちに歩いてしまった。

それともうひとつ、走り始めてから歩き始めるその地点まで水分以外は何も口にしていない。お腹も空かなかったし、水分だけで事足りるとなぜだか思い込んでいた。栄養補給をするなんてことがもともと頭にはなかった。完走をするためにマラソンについて事細かに勉強して準備をするよりも、楽しさや痛みやつらさをそのまま身体で感じたかったのであえて知識を詰め込まなかった。意図的に情報を取り込まなかったのだが、それにしても知らなさすぎたということだろう。マラソンは甘くなかった。

さらに言うと、だんだん脚が動かなくなる中で意識が薄らいでいくようななんとも言えない脱力感を感じたのも覚えている。この脱力感には何となく危機感を覚えたので、「これはアカン、完走だけはせんと格好がつかん」と強く思い直し、歩くのは完走のためなのだと自分に言い聞かせて自信満々に歩いた。これは脱水症状一歩手前、つまりはエネルギーが枯渇しかけていたのだ、おそらくは。そこから先の給水所ではスポーツドリンクを多めに飲み、沿道で差し入れてくれるチョコレートを頂戴し、途中でコンビニによってウイダーインゼリーを口にした。もしかするとこうしてエネルギーを補給したからこそ最後の5kmは走れたのかもしれない。

そして、マラソンを走り終えて今日が2日目だが、思ったほど筋肉痛がひどくなく、階段の上り下りもほとんどいつもの通りにできるようになった。これはつまり、筋肉への負荷がそれほどかかっていなかったと考えることができる。「もしかしてもっと走れたんとちゃうやろか」と思い始めてもいるが、おそらくこれはマラソンを走り終えたランナーの誰しもが考えることだろう。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ではないが、痛みや疲れが落ち着いたあとに「たられば」の話はいくらでもできる。でもね、やっぱり思ってしまうのだ、なぜならそれは悔しいからである。やっぱりボクは負けず嫌いだ。

ここまで書いてまたひとつ納得。走り終えた日の夜に、幾度となくマラソンを走った友人たちが口を揃えて「また数日したら走りたくなりますよ」と言っていた。もうこりごりだと感じていたボクはこの言葉には半信半疑だったが、今ならなんとなくわかる。こうして振り返ってうまくゆかなかった現象のひとつひとつを解決していくことによってまた走りたくなるということなのですね、きっと。だとすればボクも忠実に世のランナーたちの定型にはまりつつあるということか。つまりは走ることの魅力に取り憑かれつつあるということなのかもしれない。走り終えてすぐはあれだけもうええわと感じたのにこの心境の変化はいったいなんなのだろう、ほんとに。

それにしても指摘していただいたこのハンガーノックという状態は、見事に心当たる。ということはだ、次は栄養補給を考えて走ればあのガクンとなる失速は避けられるかもしれないということか。ふーん、そういうことなのか。へー、そうなんですね。

ということが明確にわかったとしても、この先、走るかどうかについてはまだ書かないことにしておきます。心の奥底で沸々と湧いてくるものがあるのは確かだけれど。

もし明日が晴れならちょっと走ってみるか。




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2011'神戸マラソンを走り終えて。 [スポーツあれこれ]

「参りました」というのが正直な感想である。マラソンに求められる身体能力とはいかなるものかを探ろうとしたが、そんな余裕があったのはちょうど半分を過ぎる辺りまで。「30kmの壁」があれほどまでに分厚いとは夢にも思わなかった。何とか完走はしたもののタイムは5時間44分。走る前は目標タイムを5時間とし、できれば4時間台で走ろう、いや順調にいけばそれは固いだろうと高を括っていた。この目論みは甘かった。とてもとても甘かった。

よくよく思い出してみれば現役の時から長距離走は苦手であった。体力測定でよく走った3000mも決して速いわけでもなく、かといってめちゃくちゃ遅いわけでもない中の中。持久力を測定するマルチステージという種目も(20mの距離をブザー音に合わせて行ったり来たりする、だんだんブザー音の間隔が短くなり、音に合わせて走れなくなるまで続けるというもの)レベル14程度。

うーん、我ながらこんな大事なことをなぜ忘れていたのだろう。不思議である。

しかも現役を引退してから5年が経っているわけで体力の衰えは否めない。神戸マラソンに向けて週2回は必ず走っていたとはいえ、その衰えを補えるところまでの練習量だったかというとそうでもないような気がする(今から思えばということだが)。いずれにしても「目論みが外れた」ということである。

大会前日に、ラグビーとマラソンでは求められる身体能力が違うであろう、特に持久力が違うはずだからその違いを探りながら走りたいと、ブログに書いた。その答えを端的に言うとすれば、想像を絶するほどに違ったという表現になる。「たぶんこれくらいだろうな」と想像していた範囲を軽く凌駕するほどの持久力が必要で、それはラグビーとは際立って異質なものであったと言わざるを得ない。

これまで3時間台でしかマラソンを走ったことがないという友人に、「初マラソンなら出だしは“そろり”といった方がよいですよ」というアドバイスをいただいていたので、ボクとしては細心の注意を払って“そろり”と走り始めた。とにかくゆっくりのペースで、沿道に群がる人たちからの声援に応えたり、周りの景色を楽しんだり、JR鷹取駅を過ぎた辺りで顔見知りの先生を見つけて「おおっ」となったり、心にも余裕を持ちながら走ることを心がけた。競い合ってではなくこうしてのんびり走るのはいいものだなと、このときはまだ走ることを楽しめていた。

ちょうど明石海峡大橋が見えた辺りで、気持ちの上で少し急いた。欲が出た。(このペースでいけば4時間台は確実だな)と腕時計を見て思った。おそらくこのわずかな慢心、ふっと意識が未来にいってしまったことでペースが乱れたのではないかと推察される。まだ一度も42.195kmを走ったことのない人間が「このリズムを刻んでいけばいける」と思うのは慢心以外の何ものでもない。言うなればラグビーを通じて培ってきた感覚をそのままマラソンに当てはめて判断を下したということだ。しかも当時から長距離走が苦手だったのだから傲岸不遜に過ぎる。図らずもハイペースになるのは致し方がない。

それでも25kmぐらいまでは悠々と走れた。だがそこから未知の世界が待ち受けていた。両脚がギプスで巻かれたかのように動かなくなった。息はほとんど上がらないながらも脚が動かない。これが「30kmの壁」ってやつかとその時は思った。マラソンという競技に特徴的な「30kmの壁」。頭では理解していたつもりだったが、まさかこれほどまでとは想像もできず、やがて歩き始めてしまった。ああ、情けなや。

そこからはただ完走するためだけに歩きました。最後の5kmは、沿道で応援してくれる人たちに申し訳なくて、最後の力を振り絞って走ったけれど、実のところはフラフラ。ゴール間近ではあるボランティアの方に「平尾〜、がんばれ〜!」と声をかけられ、「うわぁ、オレってバレてるやん、こりゃ最後だけでも走らなアカン」となった(声援、ありがとうございました)。

ホントに疲れたというのが率直な感想。走り終えた後すぐ嫁に言った言葉が「もうこりごりや」でした。

そんな中でも、ラグビーとマラソンの持久力の違いはなんとなくですがつかめたような気がしている。たった1回走っただけでそのすべてを理解したと思ってはいないが、一つだけ朧げながらつかんだ感覚がある。それはスピードコントロールの感覚。

走るスピードをコントロールするときにラグビーではアクセルとブレーキを踏み分ける。それに対してマラソンはアクセルだけで行う。急激に止まるシチュエーションなどないのでブレーキは必要ない。どうしてもアップするペースを抑えるときにはブレーキを踏むのではなくアクセルを緩める。時にはニュートラルに入れて惰性で走り、エンジンブレーキを効かせながらペースダウンを図ったりもする。つまり入力から出力までに遊びがあり、急激な変化をよしとしない。それはカラダだけでなく意識においてもそうなのだと思う。

ということから考えていくと、今回のボクの失敗が浮き彫りになってくる。おそらくボクは徐々にアップしていくスピードをブレーキを踏むことで抑えていたのではないかと思われる。つまりはラグビー的な身体運用そのままに走っていたということ(気をつけていたつもりなのに)。アクセルとブレーキを同時に踏み込んでスピードを抑えていたんじゃないだろうか。だから途中で筋肉がオーバーヒートしてしまった。

歩き出した自分を受け入れられず、カニやしまうまの着ぐるみを被った人やスパイダーマン、どうみても年配の方々に、次々と追い抜かれて行く中でふと腑に落ちたのがこの感覚である。できれば次に走るときには、この感覚を頼りに練習を繰り返して本番に臨みたいとは思うけれども、今はもうマラソンはこりごりだと思っているからおそらくは叶わぬ目論みであろう。いや、でもやっぱりここまで書いてしまうともう一度走って確かめなければならないか、なんて思い始めている自分がいたりもする。どうするか。まだここでは結論は出さないでおこう。ただし、マラソンを走る走らないに関わらずランニングはこのまま続けていくつもりだから、「ブレーキを使わない」でペースを落とす感覚を探りながら家の近くや大学のグラウンドを走ろうとは思う。

とにかく疲れました。



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2011’神戸マラソン前夜に。 [スポーツあれこれ]

いよいよ明日は神戸マラソンである。当日までまだ時間は充分にあると思っていたら、あっという間に前日になった。いつもと同じ時間に目が覚めてすぐに内田樹先生の『呪いの時代』を読み、二度寝したあとマラソンウェアを買いにぶらぶらと出かけ、友達の結婚式の2次会に出席する嫁を送り出したりしてたら、あっという間に夜になった。ゼッケンもつけたし、明日の集合時間の確認もしたし、これであとはご飯を食べて寝るだけである。寝て起きたらもう走るのかと思うと、なんだか少しドキドキしてくる。

なんとなくこの感じは懐かしいぞと思ったら、現役時代、公式戦前夜の「あの感じ」に似ているのだった。緊張の度合いは比べるまでもなく現役時の方が強いけれど、意図的に何かに取り組む、すなわち本番を前にした緊張感という意味では感覚がとてもよく似ている。講演をする前もこれと似たような感覚が襲うけれど、たぶん同じ類いのものだとボクには感じられる。何かを為そう、為したいという想いに付随して必ず訪れるものに緊張感がある。たぶんボクはこの緊張感が好きなのだと思う。

「これまでの人生の半分以上を必死になって身体を使ってきたのに完走できなかった恥ずかしいなあ」という弱気の虫が騒いだり、「この調子だとかなり早いペースで走れる気がするぞ」という根拠のない自信が湧いてきたり、はたまた直前になってちょっとだけ面倒くさくなってきて、一刻も早く住吉方面に行きたい衝動に駆られたり、心が揺らめくのもまたご愛嬌である。こうした揺らめく中で徐々に気持ちを一つの方向に向けてゆく。その作業をこれまでずっとやってきた。だからとても懐かしいのである。

この神戸マラソンで試したいことが一つある。それは「マラソンに求められる身体能力とはいかなるものかを探ること」である。

ラグビーというスポーツに求められる能力は、前後半合わせて80分間ですべてを出し切ることである。全速力で走ることはもちろん、走る方向を絶えず探りながらスピードをコントロールしたり、地面に倒れてもすぐにまた起き上がって走ったり、80分間の中でじたばた動くことが求められる。それに相手との接触があるため、もしもタックルされたときにはすぐに受け身がとれるように身構えていなければならない。ジタバタしながらピリピリしつつ、それでも総じて冷静でいなければならないのがラグビーというスポーツである。

これに対してマラソンはまったくの正反対と言ってもよい。頻繁に方向転換はしなくてもよい。自分にとっての最適なペースで走ることが目指されるため、急激なギアチェンジなどしなくてよい。自分めがけて相手がぶつかってくる危険がないから、精神的に張りつめておく必要はほとんどない。神経を尖らせた上で冷静さを保たなければいけないのがラグビーだとすれば、マラソンは全身のこわばりを解きながらも解きすぎないような仕方で冷静さを保つ必要がある。

もちろんオリンピックを目指すような、競技的に行われるマラソンではこの限りではなく、それなりに神経を尖らせることも必要になってくるのだろうけれど、ただ根本的な部分における競技特性はほとんど正反対だと思う。

つまり端的に言えば、ラグビーに求められる持久力とマラソンに求められる持久力の違い。このあたりをちょいと探りながら走ってみようと画策しているのである。

「今だ!トライがとれる!」という場面では思い切りアクセルを踏み込んで加速を試みるのがラグビー。目の前にぶら下げられた人参を追いかけるように、このときばかりは全速力で走る。相手DFに阻まれてトライがとれないとなると、すぐさま次のプレーにも参加しなければならないが、このときもまた気力を振り絞って全速力に近い速度で走る。そうこうしているうちにどちらかがミスをしたりしてレフリーの笛が鳴る。そこでちょっと休憩できる。つまり、走る→休憩→走る→休憩・・・という連続がラグビーである。

マラソンはほぼ一定のスピードで走り続けなければならない。スピードを上げすぎれば最後にバテてしまうし、序盤で抑えすぎればタイムは伸びない。その瞬間瞬間の、自分にとっての最適なペースを保ちながら、且つ周囲の選手と駆け引きを行いつつ走る必要がある(ボクの場合はこの駆け引きはしなくてよいけれど)。

瞬間的に加速できるように準備しておきながら相手とぶつかり合いつつ80分間を走るのがラグビー。マラソンは、速度を上げすぎないように、でも抑えすぎないように、その瞬間瞬間の最適なペースを辿ることが求められる。この違いを身体で感じたいなあと思っているわけである。

さーて、明日はどうなることやら。どうやら雨は上がったようで一安心。いくら雨中で走ることに慣れているとはいえ、初マラソンはできることなら好天の中で走りたい。まあでも降ったら降ったときである。久しぶりにこの身体とじっくり向き合って、あーだこーだと対話しながら走るとするか。ここまで書いたらとても楽しみになってきたぞ。感想は乞うご期待!





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「一体感」や「つながり」への想像。 [スポーツあれこれ]

気がつけば明日からはもう9月。暦の上では秋の到来だが、まだまだ厳しい暑さが続いている。朝夕は随分と涼しくなったが。

夏休みといいながらなんだかんだとやることが多い。ラクロス部の公式戦が始まるこの時期は毎年バタバタ過ごしているが、特に今年はバッタバタの日々である。ちなみに27日にはラクロス関西リーグの2戦目、神戸学院大学戦が王子スタジアムで行われ、6-6の引き分けに終わった。1部リーグへの昇格を果たすためにはもうひとつも負けられなくなった。この試合もスロースタートで立ち上がりから躓き、まるで借りてきた猫のようにおとなしいプレーに終始。後半終盤の追い上げだけみれば十分に勝てる相手だっただけに悔しい敗戦である。学生たちもそれが分かっているだけに歯がゆく感じているだろう。ただ終わってしまったものをいくら憂いたところで仕方がない。次の試合での奮起を期待し、それをバックアップしていきたいと思う。

翌日28日はオープンキャンパス。例年よりもたくさんの生徒が足を運んでくれたようでよろこばしい限り。ボクが担当した基礎運動能力テスト体験も思いのほか盛況でホッと胸を撫で下ろしている。それから29日はうちの大学主催の対談、岡田武史×平尾誠二「スポーツ力を語る~子どものスポーツからワールドカップまで」が神戸朝日ホールにて行われた。職員さんとともにペアで司会を仰せつかり、やや緊張しながらも滞りなく進行できたのではないかと思っている。「余計なことを話さないようにスムースに進行させよう」という気持ちが強すぎて、やや棒読みな語り口になったのはまあご愛嬌。司会進行って、難しいです。

それはそうと、お二人の話はとてもおもしろく、舞台の袖からメモを取りつつ耳をダンボにして聴き入っておりました。お二人が長らくのご友人ということともあり、息もぴったりのトークがとても耳に心地よく、関西出身なだけにテンポが軽妙で深みのある話も実にわかりやすい。印象に残ったのは、昨年のサッカーワールドカップ南アフリカ大会のお話。本大会前のテストマッチで4連敗を喫したことで、逆にチームが一つにまとまったということだった。あれだけの批判に耐え忍んで結果を残したという風にボクは解釈していたけれど、実際は違った。もっと冷静に淡々と、メディアからの安っぽい物語よりももっともっと深いところで為されていたチーム作りに唸らされた(ま、当たり前なんですけれど。)

サッカー日本代表は、メディアの煽動を受けた世論からこれでもかというくらいのバッシングを受けた。その矛先は当然のように監督に向くわけだが、もちろん選手にだって向く。それが精神的なストレスになる選手だっていたはずだ。グラウンドでのパフォーマンスに影響するほどだった選手もいただろう。ただここでほとんどの選手は開き直ることができたと岡田さんは言う。選手にとってみれば批判を黙らせるには本大会で勝つしかない。つまり「もうやるしかない」と退路が絶たれたのだと。

そこから大会まで1ヶ月半ほどの合宿では怪我人も病人も出ず、体調を崩す選手すらいなかった。なにか結束力みたいなものがグググッと高まってきているのを岡田さんは感じていたようで、心の中では「やってくれるはずだ」と確信めいた期待を抱いていた。今にも弾けそうなくらいにまで凝縮された力が、一戦目のカメルーンとの試合で爆発。そして勝利。と同時に、批判に惑わされることなく結果を出したその瞬間に、チームが一皮も二皮も剥けた。がらりと生まれ変わったのだという。それが、ボクらがテレビにかじりついて観戦した、あのワールドカップの舞台裏だった。

このことを岡田さんはあくまでも淡々とした口調で話されていました。だけど事はそう簡単には運ばなかったと思う(当然ですよね)。退路が絶たれたことを選手に実感させ、心の底から「もうやるしかない!」と思わせるまでに何か仕掛けたことがそこにはあったはずだ。下手をすれば空中分解してしまうほどの批判を浴びながらベクトルを統一し、チームを一つにまとめ上げた手腕はいったいどれほどのものだったのだろう。どういった言葉がけをしたのか。ミーティングの回数は増えたのか減ったのか。チームもまとめるための何か特別なアクションは起こしたのか。各メディアとどういう風なおつき合いをしたのか。などなど、想像してみれば果てしない疑問が湧いてくる。

ここからはボクの完全な妄想、基、想像なんですけれど、結束力みたいなものの高まり、すなわち一種のエネルギーが充填されていく様子をまさに察知していたときは、ワクワクされていたんだろうなあと思う
。「世間はあーだこーだと騒いでいるけど、本番になったらみんなびっくりするぞー」とおそらく感じていたはず。たとえ無意識的にではあっても、そうだったのではないかと思う。批判の矢面に立ちながら悲壮感が漂う指導者に誰がついていくというのだろう。雨後の筍のように出版されているビジネス書なんかでは「一体感」とか「つながり」について言葉巧みに説明してたりするけど、これらの本質的な意味はいくら説明したところで実感することなどできない。人が集まって何かをするときに絶対不可欠な「一体感」や「つながり」、これらの根源的な意味を岡田さんはまさに「体感」していて、その当の本人から話を聴けたのかと思うと興奮せずにはいられない(たぶん肌にビリビリくる感じなんだろうなあ)。


この話を含むお二人の対談を聴いて改めて感じたは、いくら言葉をつなぎ合わせたところで表現しえないものがある、ということ。とは言っても語ったり書いたりすることをやめてはいけない。なぜなら、「言葉では表現できないものがある」という真理を、言葉は表現できるから。「書く」という行為には常に到達できないもどかしさがつきまとう。それでもそのもどかしさを感じることで「到達できなさ」が具現化される。決して届かないけれどここまでは到達することができた、という達成感を感じることができる。その意味で心がすっと落ち着く。意識の置きどころが定まる。だから書こう、書かんと、書かねば。

そんなことを、ここまで書いてきて思う。
さあ明日からは水泳実習です。





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スキー指導から学ぶ、またもや言葉と感覚のお話。 [スポーツあれこれ]

おっとびっくり2月はまだ2回目の更新である。先週いっぱいスキー実習で菅平に籠っていたとはいえ、あまりに放置し過ぎである。気持ちの上ではスキー実習をもって2010年度の終わりとしていたので、これからは気持ちを切り替えて書いていこうと思う。

ひとまずは備忘録としてここんところの我が生活を振り返りながら書いていきたい。

大きなイベントとしてはやはりスキー実習のことを書かざるを得ない。本学のスキー実習に参加するのは今年で3回目となる。本学に赴任した当初はスキーをする習慣などなく、だから技術はまだまだ未熟であり、1年目、2年目は班を持たずに補助的な役割を仰せつかった。スキー指導に長けた先生のもとで学生たちとともに指導を受けつつ、転倒した学生を助けるという仕事をしながら主に指導方法を学ぶといったここ2年だった。

だが3年目ともなればそういうわけにはいかない。「そろそろ独立しなさい」という無言のプレッシャーを感じ取ったボクは覚悟を決めて、単独で班を担当することになったのである。スキーヤーとしてはてんで未熟者のボクが教えていいものだろうか。この不安は今もまだ消えてはいないが、それはここだけの話にとどめておいてもらえれば有り難い。学生たちはこのことを知らない(こうして書けばわかってしまうのだけれど)。

頭の中でシミュレーションしつつ指導内容を温めて現地に乗り込んだわけだが、思いのほかスムースに講習を進めることができたのではないかという手応えがある。だからこうして書いているわけだけど、この手応えというのは上手く教えることができたというものではなく、運動指導における本質的なものに触れることができたことへの手応えである。学生たちにスキーを教えようとしてあーでもないこーでもないと考えつつ実践しているうちに、やはり運動を指導するっていうのはこういうことなんだなと、納得してしまったのである。なんともややこしてくすまないがそういうことである。ちょっとそのあたりを書いてみたい。

スキー技術に劣るボクは通り一辺倒の、言わばマニュアル的な指導方法しか知らない。それをそのまま学生たちに伝えようとすれば、自分自身の体感が乗っかっていない言葉だけの説明に終始してしまう。指導マニュアル通りの指導は内容を丸暗記すればそれなりに格好がつくような講習ができる。おそらく指導者自身の満足感も高いのだろう。

でもね、スポーツをする、運動をするってそういうことじゃない。学生からすればとにかくこけずに滑れるようになりたいはずだ。うまくターンできた時の気持ちよさや、やや急な斜面を颯爽と滑り降りる快感を得たい。つまりは楽しく滑れるようになることがなにを差し置いても優先される。楽しく滑る。これに尽きる。

将来的に指導者として子どもたちの前に立つ学生は楽しむことよりも指導方法をきちんと学ぶことが必要だという考え方もある。その通りだと思う。自らの技術を向上させることと、きちんと指導方法を学ぶことを並列的に考えるのは必要なことだ。でもね、スキーの楽しさを知らない指導者にいったい何を教えることができるのだろうと想像してみれば、やはりまずは本人がそのスポーツを楽しんでおくことが大切だろう。「スムースにターンできた時のふわっとした気持ちよさ」を知らない指導者が、テクニカルな単語を並び立てて説明したところで聞いてる方はげんなりしてしまうのではないだろうか。

少なくともボクがそうなのだ。ハの字を作れだの、板は回さずに寄せるだの、次々と矢継ぎ早に指導されても困惑してしまう。言いたいことはわかる。指導内容は理解できる。だから理解した内容を自分なりに体感したいからしばらく滑らせて欲しいと思っても、しばらくしたらまた次の技術の指導が始まる。また矢継ぎ早に指導される。ひとつ前の技術の習得もままならないままに指導されてもようわからんし、いや正確には「わかる」んだけど「できない」状態が続いて苛立つのである。挙句の果てには「まだまだできていない」と滑りをチェックされたりするものだから、「試行錯誤するためにもっと滑らせてや」とつい言い返したくもなる。

楽しいからもっと上手くなりたいと思う。もっと格好よく滑りたいと願うから技術を習得しようと思う。スポーツって何のためにするかと言えばおもしろいからするのである。ここんところをすっ飛ばした指導はいかなるスポーツにおいても空回りする。そう思う。

要はあれこれ工夫する時間を大切にするということ。先回りしない。指導し過ぎない。最低限の安全性を確保しつつ指導を行う。その際にスキーの場合は恐怖心との葛藤が技術習得に大きな影響を及ぼすから、フィジカル的な上達に心理的な要素が絡みついてくる。技術的にはこれくらいの斜度なら滑り降りることができるとアドバイスしたところで、本人が小さくない恐怖心を抱え込んでいるなら滑り降りることはできない。本人の性格やこれまでの経験からどうしても足がすくむならば、まずはその恐怖心を取り除いてあげないことには前には進まない。

てなことをあれこれ考えつつ指導に取り組んだつもりだが、どこまでできたかどうかはよくわからない。もしかすると「平尾先生の言うてること、ようわからん」という学生もいるかもしれないけれど、そのあたりはどうぞご勘弁を。スキーが楽しいスポーツであることさえ実感してくれたならボクは満足なのです。というよりそれ以外にボクが伝えられることはありません。

スキー実習を通じて学んだこと、気づいたことはボクにとってとても大きかった。言葉と感覚の関係性については、これまで考えていた内容を再確認するには十分過ぎるほどで、つまりボクたちスポーツを行うものは感覚をつかむために言葉を手繰り寄せているということ。「スーッ」とターンするために指導者は様々なメニューを提示し、言葉巧みに説明をする。なにもその指導者が指示したやり方でなくても、何かの拍子で「スーッ」という感じをつかんでしまうことがあるわけで、それがコツをつかむってことだ。「スーッ」という感じ(=感覚)を学生たちがつかめるように言葉を駆使する。たとえ話が最たるもので、よりバラエティに富んだたとえ話を持っていれば、ある感覚に到達する道筋がたくさんあるということ。その意味ではたとえ話の豊富さがそのまま指導力の高さとなる。練習メニューもその一つだろう。

言葉と感覚。この二つの関係性についてボクは引退してからずーっと考え続けていたのだなと、改めて実感することができたのであった。そしてこれからもおそらくはずっと考え続けていくのだろうという予感とともに、自らの過去を振り返れば両者の相克のもとにここまでやってこれたのだと感じている。備忘録と言いつつスキー実習一色なブログになってしまったが、これ以外のことはまた明日以降に書くことにしよう。長期休み明けなので今日のところはこのへんで失礼。


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引き分け、感動物語、使い捨て。 [スポーツあれこれ]

連休が明けて本格的に2011年が始まった。まだ身体がピリッとしないのは正月気分が抜けていないからかもしれないけれど、だとすればなんてボクは怠惰なのだろうとつくづくいやになる。年が明けてからもう10日が経過している。にもかかわらずあれこれに対する集中力に欠けるのはいかがなものか。もしかすると高校、大学、トップリーグと各カテゴリーでのラグビーの試合を見過ぎてそのおもしろさの中に未だ溺れているだけなのかもしれない。

いや、たぶんただの休みボケだな、うん。
というわけでラグビーの事について今日は少々書いておくことにします。

まずは高校ラグビー。東福岡と桐蔭学園との決勝戦は手に汗を握る展開を見せるも引き分けで両校優勝という劇的な幕引き。決着をつけさせてあげたかった気持ちも無きにしも非ずだが、あれだけのハイパフォーマンスをしながらも優劣がつかずに引き分けたことは確実に選手たちの今後によい影響をもたらすだろうと思う。パフォーマンスが記号的な意味に矮小化されることもないし、手持ちの価値観では片付かない想いを抱え続けることは精神的な成長にもつながっていくことだろう。少なくとも両校フィフティーンはこの試合のことをずっと語り続けるはず。「あんときこうしてれば…」という後悔は無限に抽出できる。それについて語り合う時の楽しさを想像すれば、なんとうらやましいことか。

なのでせっかく引き分けたのだからわざわざ優劣を決めることもないだろうというのが僕の意見である。両校の選手たちにはとにかくいい試合をありがとうと言っておきたい。

大学ラグビーは見るには見たがどうもあまり気乗りがせず。帝京大vs東海大の試合は見たけれど、なぜだかおもしろ味に欠けた。その理由はなんとなくわかっているようでわかっていないようで、よくわからない(結局のところよくわからない)。迫力のある試合だったことは認めるけれど、肝心なところにまで響いてこない印象を受けたのであった。だから述べずにおく。

トップリーグはホームズスタジアムで行われた神戸製鋼コベルコスティーラーズの試合を見た。年末25日と一昨日の9日の試合。今シーズンが始まる時に今年の楽しみの一つとして、かつてのチームメイトである大畑大介の現役最後の年をじっくり見守ることを挙げた。テレビだけれどシーズン序盤から中盤にかけての試合はほぼ見た。満身創痍の身体ながらも一瞬のスピードや加速に関してはいまだ輝きを放っている様子に、わずかな嫉妬心を抱きながらもその身体能力の高さには純粋に感動を覚えていた。やっぱりすごい。しかしながら最後の最後であのような悲劇を目の当たりにすることになろうとは夢にも思わなかった。タンカに乗せられて退場してゆく姿を見つめながら、なんとも言いようのない物悲しさが胸中に渦巻いていた。

アスリートに期待されるものとは一体なんなのだろうと考えてしまう。それは自らの拙い経験を顧みつつ、彼の胸中を察しようとする試みでもあるのだが、自らの限界に挑戦するその姿に人は感動するというけれど身体が壊れるまでがんばり続けることをひとつの美談としてこれほどまで大々的に語り継いでよいものだろうか。テレビで高校ラグビーの試合を見ていても、ケガを押して出場している選手を精神的に強い選手だと賞賛するコメントをしばしば耳にする。でもこれって明らかにおかしい話だと思う。強行出場という決断を下す選手を指して精神的に強いとは一概には言えないだろう。むしろこのケガではチームに迷惑がかかるから敢えて出場を辞退するという決断を下す方が、精神的な負荷は明らかに大きい。高校ラグビーでは負ければ引退となる以上、最後まで仲間と一緒にプレーしたいと100人いれば100人がそう思うだろう。最後の舞台になるかもしれない場所から自らの意志で身を引くことは、高校生にとっては至難の決断である。でもその強さについてはコメントされない。歯を食いしばって頑張る姿しかコメントされない。

少し話が逸れたから元に戻す。
アスリートに期待されるものについて考えているのだった。

ボクはやはり「無事是名馬」がアスリートに求められているものだと思う。誤解を恐れずに言ってしまえば、ケガを押して出場し続ける姿に人は手放しで感動などしない。するはずがない。痛々しい姿を見れば誰だって無理をせずに休んで欲しいと願うだろうからだ。ひたむきにがんばる姿に応援しょうという気持ちにはなっても、本当の意味で心を動かされたりはしない。本当のファンならば、傷だらけの身体に鞭打つ姿を見たいなんて望まない。

メディアが作りだした感動物語に乗せられて「応援」が「感動」に置き換えられてしまっている。そんな風にボクは感じる。感動とか奇跡とか、仰々しい言葉の多用はもうやめにして欲しいと思う。

ボク自身もケガで現役を退いた。後遺症だって残っている。それを恨めしいと思ったことは一度もないが、ただボク自身の競技への取り組みがいかなるものであったのかについては時間を掛けて把握しておきたいと思っている。それがスポーツ科学万能主義に批判的な眼差しを投げかけることでもあり、身体論について考えることでもある。そうして考え続けて出した答えだけが、後に続く者に伝えるべき言葉だろうと思っている。まだまだその言葉を持ちえているとは言い難いが、それでも今の時点で言い切れることがひとつある。それは「アスリートは使い捨てではない」ということだ。




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『ATHLETE’S ROAD』での連載が始まりました。 [スポーツあれこれ]

うちの大学は今日から秋学期。昨夜から気持ちを切り替えて意欲満々なはずも、どこかエンジンのかかりが悪く、やる気がみなぎってこない。頭では切り替わっても、長らくの夏休みにすっかり馴染んでしまった身体はまだ休みのペースで動きたがっているということだな、おそらくは。でもまあ、やる気があってもなくてもやらんとアカンことはやらなアカンわけで、そんなことはお構いなしに今まで講義の準備に勤しんでおりました。幸いなことに講義1回目はガイダンスなので、1週間でいつものペースを取り戻すべくあれこれしようと思う。

さてと今日は告知がひとつ。ミズノの広報誌『ATHLETE
S ROAD(アスリーツ・ロード)』での連載が始まりました。「がんばり方の科学」というテーマで、スポーツに汗を流している中学高校生に向けてのコラムです。雑誌リニューアルに際して140Bさんから声をかけていただき、企画にもちょこっとだけ携わったものだから、ようやく形になったかという安堵感があります。オオサコくん、いろいろとありがとう。

全4回の連載の初回は“どんどんミスをしよう!”という内容。「ミスをしてはいけない」という過剰な意識はかえってミスを誘発する。だから怖がらずにどんどんミスをしよう、チームメイトのミスも大目に見よう、そうすることで伸び伸びとプレーできる雰囲気が作られるから、結果的にミスは減るものなんだよ、というようなことを書いてます。

スポーツショップ各店に置いてあるらしいのでぜひとも手にとってみてください。ミズノのサイトでも読めるようなのでリンクを張っておきますね。いつかの朝日新聞では桑田真澄さんも「野球を好きになる七つの道」というメッセージを全国の球児に向けて発信していました。奇しくもその3つめには「どんどんミスをしよう!」とあり、「ミスをなくそうとムダな努力をするよりも、ミスから学ぶことのできる選手の方が、成長が早い。それなのに、ミスをした選手を怒鳴りつけたり、罰練習をさせたりするのは野球というスポーツがわかっていない証拠です」と言われています(2010年7月20日朝日新聞より)。

スポーツに夢中な中学高校生の諸君、どんどんミスをしよう。仲間のミスには目をつぶろう。指導者の怒鳴り声は………うーん………聞き流すように努力しよう。もしくはすっぱりやめちゃうとか。あっ、逃げるってことじゃないからね。人間としての尊厳を守るための「勇気ある撤退」なんだからさ。

それではみんなの健闘を祈る。


『ATHLETE
S ROAD』
http://www.mizuno.co.jp/a_r/
「スポーツコラム:がんばり方の科学」
http://www.mizuno.co.jp/a_r/series/2010/12/coach1.html



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「スポーツがもたらすもの」を考える。 [スポーツあれこれ]

内田樹先生と釈徹宗先生と名越康文氏との対談および鼎談入り乱れセッション本である『現代人の祈り―呪いと祝い 』(サンガ)を読む。まだ1章を読み終えただけだがとてもオモシロい。たまらない。早く続きが読みたくて仕方がない。このあとの会議まで少し時間があるので読んでやろうかと企んでみるものの、そうは問屋が卸さない。明日に控えている講演の準備をしなければならないのである。

したがってこれから明日の講演で話す内容についての仕込みをするわけだが、講義ではなく講演なのでこれまでの自分を振り返る作業が必要となる。ボク自身に固有の経験なるものを一般化する作業というかなんというか。「ある経験」から感じたり考えたりしたこと、つまりこの身体を通じて感覚されたものを言葉に置き換えながら話の筋を決めていく。言わば一つの物語をつくるということなのだろう、きっと。だからブログにのらりくらり書く作業を通じてそれをしていこうと、こう思い立ったわけである。

講演を依頼されたのは甲南大学体育会本部。そこの委員をしているTくんがSCIXラグビークラブ出身であり、ぜひとも話をしてくださいと頼まれたのである。これは引き受けないわけにはいかない。少しばかりスケジュールに都合をつけて実現したと、こういうわけである。

体育会所属の1年生が1泊2日で行う「体育会フレッシュマンキャンプ」の初日に「スポーツがもたらすもの」というお題で話をする。場所は滋賀県大津市におの浜になるアヤハレークサイドホテル。予定表を見ると体育祭をしたりレセプションをしたりと親睦を深める内容になっている。体育会本部委員長からの挨拶文を読めば、各クラブ内だけにとどまらずクラブ同士の横のつながりも深め、これからのスポーツ活動をふくよかにしようという狙いがあるらしい。

ふーん、フレッシュマンキャンプってボクらの時もあったのかなあ。少なくともボクは参加した記憶がないのだが。どうやったっけ?(と漠然と大学時代の仲間に問うてみる)

さてと、では本題に入ろう。
お題は「スポーツがもたらすもの」。先方からはどんな話でもいいですと言われたのだけれど一応テーマがあった方が聴きやすいだろうということで、咄嗟に思いついたのがこの「スポーツがもたらすもの」。ボクがラグビーを通じて「こんなオモロイことがあってなあ」「ちょっとあれにはビックリしたわ」的な話ができればいいなあと。もちろんエエことばっかりやなくて「今から思えばあれってちょっとおかしかったんちゃうかなあ」的な話も混ぜながらに、ね。おそらくほとんどの学生は高校まで「右にならえ的」な仕方でスポーツに取り組んできたと思うので、自分で考えながら練習や試合をする楽しみを味わってほしいなあと。今回の講演そのきっかけになることを強く願っているものであります。

ラグビーがボクにもたらしたものは何か。ラグビーからボクが学んだものは何か。すでに血肉化していることがらばかりなのでいざ言葉に置き換えるとなると腰を据えて考える必要がある。なんて意気込んでみたところで言葉になるはずもないことはよくわかっているので、頭に浮かんでくることそのままにツラツラと書いてみようと思う。

ボクがラグビーを始めたのは中学1年生の終わりごろ。入学してすぐにバスケットボール部に入ったのだが、キャプテンが練習を中止してビリヤードに行ったりしてほとんどふまじめな体制に嫌気がさして退部。そのときに仲のよかった友達がほとんどラグビー部で、体験入部でもかまへんから一度練習に来たらええねんと誘われ(よくありがちな誘い文句ですね)、その流れのままに入部を決める。それが確か12月頃。半年以上も先にラグビーに携わっていたわけだから友人たちはもちろんボクよりも上手い。スクリューパスもスクリューキックもできる。そこにボクの負けず嫌いな心は火を噴いた。「くそー」っと思ったわけです。

それからどんどんラグビーというスポーツにのめり込んでいったわけです。ラグビーというスポーツがどういうものかも知らず、調べようともせず、ポジションやルールなんかもほとんど知らないままただ顧問がなかなか怖い先生だというくらいの知識だけで入部し、それこそラグビーのオモシロさとは別のところの「同級生には負けてられへんやろ」という気持ちだけでハマり込んだ。テレビやなんやらでよく有名なスポーツ選手がそのスポーツを始めたきっかけは?と訊ねられて、もっともらしく理由を述べているのを見たり聞いたりすると「ほんまかなあ」と訝しんでしまうのは、こうした経験があるから。何かを始めるときのきっかけなんてものは、ほとんどの場合は理由がないんじゃないかなあと。たぶん、もっともらしい理由を述べるスポーツ選手も、あまりに他愛もないきっかけだったので自身も忘れてしまっているんじゃないかと思う。推測だけど。

それで自慢するわけじゃないけれど、中学2年に上がってすぐに試合に出る機会がいただけて、たしかあれは夏合宿中の練習試合だったと思うが、ボールが回ってきてただまっすぐ走っただけでトライができた。地面にボールを置かなければならないことなどすっかり忘れていて、どこかで誰かが「置け―!」と叫ぶ声を聴いて慌ててグラウンディングした記憶がある。それがボクの生涯初トライ。場所は岐阜県の数河高原だった。ポジションはウイングで、中学時代はとにかく走りまくっていた。

ある試合をしているときにふと気付いたことがあって、それは「こちらの行く手を阻もうとタックルを試みるディフェンスの選手はジーッとボクの顔を見ている」ということ。そうか、顔を見て先を読もうとしているのか、と考えたボクは、顔でフェイクをしてみようと思い立った。つまり右側にステップを踏むときには走り出す前に一瞬だけ左側を向く。その顔の動きにつられてくれれば簡単に突破できるだろうと、そう考えたのである。この作戦は見事に的中。オモシロいようにトライを積み重ねることができた。ただやはり敵もさる者で、関西大会や近畿大会の上位にまで進出するとこういう姑息なプレーは通用しなくなり、また高校生になってからも全く通じなくなった。そりゃそうだわな、ディフェンス技術が高まれば小手先のプレーは通じなくなる。当然だ。だからこそそこから「どうやったら突破できるのか」を考え始めて、また新しい技術が身についていったのだろう。

なんていう風に生い立ちを書いていけばそれこそ永遠に書き続けることになりそうだ。書きながらにいろいろなことが思い出されてボクにとってはとても楽しい作業だけれど、明日のこともある。この続きはまた追々ブログで書いていくことにして、少し講演内容についての話に戻ろう。ってそもそも始めから脱線しまくりなのであるが。

箇条書きで挙げていくことにすると、
・大学時代の取り組み…サインプレーや走るコースなどを自分たちで考えながらプレーしていた。岡仁詩先生の考え方が土台にあった。白川ヘッドコーチの頑ななまでのパスへのこだわりは今のボクの財産となっている。パス、下手なんだけどね、ボクは。
・日本代表になるまでの歩み
特になりたいとも思っていなかった日本代表になれたのはなぜだろうと今でも考えることがある。周りからよく言われたのは「普通の人には経験できないことなんだから」という言葉。でもみんながみんななりたいと思っているのかなと、その時はそんなことを考えていた。とにかく楽しくプレーできればそれでよかったのだけれど。
・神戸製鋼ラグビー部での取り組み
何もかもが競争的で勝利至上主義のチームであった。そこには厳しさと激しさとシンプルな考え方で埋め尽くされていた。
・たくさんのケガから学び得たこと
ケガや病を抱えた状態は身体と対話をする時間。当時を振り返ってみると、痛みとは向き合っていたものの十分な対話をしていなかったなあと、自らの未熟さが浮き彫りになる。そもそもスポーツにケガはつきものだから、ケガと付き合う方法を学ぶこともまたスポーツ活動の一つなのだ。根性で乗り越えるべきものではない。
・脳震盪の後遺症が癒えずに引退を決意
この経験から様々なパラダイムシフトが起こった。身体そのものへの考え方、それから社会におけるスポーツの役割についてもガラリと価値観が変わった。ここらあたりの経験をまだうまく言葉にすることはできないが、その「できなさ」が今のボクを駆り立てていると言えるかもしれない。
・「どれだけ練習すればうまくなるのだろう?」という少し講義的な話
「上手くなるとはどういうことか」をイメージできれば、スランプのときなどに焦ってジタバタしなくても済むし、じっくり取り組む余裕が生まれる。過剰なスポーツ科学に呑み込まれるのを防ぐこともできよう。

というような流れで話ができればなあと。なんせ1時間をひとりで話すわけだから骨が折れることは間違いない。これからの準備でいくつかのトピックスを問いの形に置き直して明日に備えようと思う。さてどうなることやら。


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暴力性を中和するためにスポーツはある。 [スポーツあれこれ]

梅雨入りしてからというもの、天気は律儀にジメジメしてくださる。昨日はからりと晴れたけれどその日差しはきつくて暑過ぎた。そしてまた今日もジメジメしていて、朝からどれだけ汗をかいたのかよくわからない。

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限目の『スポーツ文化事情』はアメリカ生まれのスポーツの特徴についてのお話。本題に入る前に、サッカーワールドカップが行われていることを受け、この大会ではどれだけのお金が動いているのかということと、南アフリカはかつてアパルトヘイト政策が行われた国であり今も人種差別は完全には解消していないのだよという話をする。黒人、白人、カラード(混血)、インド・アジア系という4つに人種を分けて居住区域などを制限していたという話に、学生たちは熱心に耳を傾けていた(ほとんど聴いていない一部の学生たちはどんな話をしたところで興味を示さないのだけれど)。華やかな雰囲気ばかりを演出するメディアに対抗すべく、スポーツ大会開催における金銭事情(商標権の一括管理など)と開催国の歴史についての話をしたのである。ワールドカップを見る目の解像度が上がってくれればと思う。

さて。

『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(岩波書店)を読み返してみたら、暴力性について書かれてある箇所を発見。その傍らには鉛筆で「暴力性への根源的な問いかけ」と書かれたメモがある。なるほどスポーツにはそういう目的があるのだと考えれば、思考の道筋はすっきりするぞと感じたその箇所を、まずは引用してみることにする。

________
河合 (…)それはどういうことかというと、わたしはそういう暴力性を持っていますよ、ということなんです。みんな持っているのですよね。
 暴力というか、腕力、人間はそういうものを持っていたから生き延びてきたのです。狩猟にしろ、採集にしろ、農耕にしろ、全部そうでしょう。 しかも、それだけではなくて、共同体をつくって、ほかのところへ攻め込むということになったら、まさに暴力がなかったらできない。そういうふうにして人間はずっと生きてきたのですね。 その中で、欧米の国々はそういうものはルールの中に取り込んだんですね。つまり戦争でも、彼らはフェアな戦争だったらやってもいいと考えたのでしょう。それからいろいろなスポーツも全部そうです。

そもそも人間には暴力性が備わっている。その暴力性を暴発させないように閉じ込めておく器としてスポーツがあり、近代化を通じてルールが整備され今日のような形態になった。社会が成熟していくにつれて暴力性が活かされる場所がどんどん少なくなるわけだから、文明化が進むにつれてスポーツに課される役割は大きくなっていく。根源的な暴力性を内包するのは本来ならば武道が担うはずであり、明治までの日本が平和であったのは、武道的な考えがしっかりしていたからであろう。「刀は鞘に収めておくものである」というところに、暴力性というものを古の人たちがどのように捉え、扱おうとしていたのかが窺える。

現代では武道の代わりにスポーツが社会的な価値を強めて私たちの生活の中に溶け込んでいる。そのスポーツに数値主義や勝利至上主義が蔓延しているとなればどうなるのか。閉じ込めておくはずの暴力性はやがて器の底から漏れ出し、社会の至るところで影響を及ぼしやしないだろうか。現にスポーツ選手の不祥事が次々と明るみに出てきていることを思えば、この憂いはもうすでに現実的に起こっているのではないか。

こんなことを考えたのは、昨夜飛び込んできた「元ラグビー選手で元競輪選手の逮捕」というニュースに一因がある。逮捕された選手はボクより少し年上で、言わば同年代である。明治大学時代のプレーはすごかった。同じポジションだっただけに強烈な印象を受けた。その選手が出資法違反の容疑で逮捕されたと知り、なんだか胸の中に大きな穴が開いたような虚しさを感じたのである。

スポーツは立身出世のためだけにあるのではない。ひとりの人間として成長することが目的で、しかも人間に備わっている暴力性を中和する役目も担っている。でも現状を鑑みるとこうした部分は見落とされがちである気がしている。かつての名選手が凋落するのをもう見たくはない。決してボクは名選手ではなかったけれど、せめて応援してくれた方々を悲しませるようなことだけはしたくないと思う。

暴力性を中和するためのスポーツのあり方とは?

先月末のウチダ先生との対談で話題に上がった「生きる力を伸ばすスポーツ」と合わせて、これから問い続けていきたい。




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