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ラグビーとの対話「其の20」くらい? [ラグビー]

あれよあれよという間に10月も半ばを過ぎてしまった。時間というものは早くなったり遅くなったり、時にはたわんだりして、本当に気ままなヤツである。時計の前でじっと秒針をじっと見つめている時と、学生と話をしたり読書に夢中になっている時とでは、時間の流れ方は明らかに異なる。目の前のことに熱中すれば時間という概念は消失するが、時計を見て時間を確認した途端にそのなんとも言えない心地よい瞬間は雲散霧消する。書いている時や読んでいる時は大概この集中状態にいるわけで、この集中状態に身を置くことにボクはなんとも言えない幸福感を感じる。だから時計はいらないし、いや、いらないというわけではなく、こんなにもあっちこっちに設置して欲しくはないというのが本音である。

さてと、ラグビーワールドカップも3位決定戦を含めてあと4試合を残すのみ。勝ち残っているのはフランス、ウェールズ、オーストラリア、ニュージーランド。どこが勝つのかに興味があるというよりは、意地と意地がぶつかり合う試合が見たいと思う。とか言いつつも、この前に書いたブログでは勝利国予想をしたわけだから興味がないわけではない(ものの見事に外したけれど)。確かにどの国が優勝するのかというのもまた見どころではあるが、それがもっとも興味を引くポイントというのでは決してなく、あくまでも両チームが鎬を削る戦いが見たい。激しいタックル、ここ一番でのトリッキーなプレイ、後頭部に目がついているかのようなオフロードパス、ゴール前の鬼気迫る攻防。これらさえ見ることができればそれでよい。

それにしてもラグビーはオモシロイと思う。プレイヤーとして感じていたオモシロさもまた格別だったが、引退後に歴史を調べたり他のスポーツと見比べたりしてじっくり見ることによって初めて感じられるオモシロさはたまらない。この違いは、湯船にどっぷり首まで浸かっているときに感じられる温もりと、バスタオルで体を拭いたあとの外気温との差でジワジワ感じてくる温もりとの差、みたいなものかもしれない。こんなにもボクの身体は温まっていたのかと気づかされるのは、あのときどっぷり首まで浸かっていたからこそなのだろう。

このまま続けていくと恋人を自慢するがごとく惚気た文章になるのは火を見るよりも明らかなので、これ以上は深入りしないでおくけれども、ただ一つだけ言わせてもらえるならば、若かりし頃に頭の先から足の先までどっぷりと浸かってきたラグビーというスポーツに、引退した今になっても大いに興味が湧くというのは本当に幸せなことであり、そのことにはただただ感謝するしかない。ボクをラグビーに引き合わせてくれた中学時代の友達家族にはもちろん感謝の念が尽きないが、この人たちだけではなくこれまでのすべてのチームメイトや指導者がいたからこそ、今のボクがこんな風に感じられるのだと思う。

自分がずっと携わってきたスポーツに誇りを持つことができる。これって当たり前のようでいて、実は当たり前ではないのではないか。一所懸命に取り組んできたスポーツだから好きで好きで仕方がない筈なのに、どうしても好きになれずにモヤモヤしている。あまり思い出したくもない過去を引きずっているおかげで、好きだと口にすることがどうしても憚られる。こういう人は世の中に意外にたくさんいるのではないだろうか。ただ漠然とだけれど、ボクにはそう思えて仕方がない。かく言うボクも、少し前まではそのように感じていた節がある。ケガが癒えずに悶々と過ごした日々が脳裏から離れず、どうしたってラグビーを斜めからみてしまう時期があった。それは半ば自分を否定することであって、やっぱりしんどかった。でも今は違う。まっすぐにラグビーというスポーツのオモシロさと向き合うことができる。できている。

ようやく何かが整ったと言えるのかもしれない。準備ができたという言い方もできるかと思う。心を含み込んだ身体が癒えるというのはこういうことか、という実感が今はある。ボクの身体が癒えたとかそういうことではなくて、「身体が癒える」というのがどういったことなのかがわかる、ような気がするのだ。

とか言いつつも、またすぐに違うところが混沌としてくるのだろう。たぶん身体というのはそういうものなのだ。だからいくら後輩に誘われたからとは言え、神戸マラソンを走ろうなんて気にもなったのだ。現役時代のボクだったら鼻で笑って断っていたに違いない。いや確実にそうだ。だって長距離走は苦手も苦手だったのだから。

これまでにも今日と同じようなブログを何度も書いたけれど、たぶんまたこれからも今日と同じようなブログを書くことになるだろう。そうに違いない。なぜならこれがボクにとってのラグビーとの対話だからである。両者の距離は絶えず揺れ動きながらも、でも絶対に離れることはなくボクの傍らにラグビーはそっと「ある」。こうしてずっとずっとブツブツグダグダ言い続けるはずだ。

さて明日は神戸製鋼の時のチームメイトと【船越】で飲んでからのラグビー観戦。とても楽しみである。




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ラグビーW杯、決勝トーナメントの展望。 [ラグビー]

ラグビーワールドカップ。いよいよ今週末から決勝トーナメントが始まる。決勝に残った顔ぶれはほぼ予想通りだが組み合わせがまったくの想定外なので、なんだかとてもドキドキしている。もしかするとこれまで優勝経験のない国が勝ち切ってしまうのではないか。そんな淡い期待を抱かせる組み合わせでもある。だからせっかくなので勝敗予想なんてものをしておこうかと思う。

まずはイングランド―フランス。

ジャパンの猛攻をしのいだもののニュージーランドに完敗し、トンガに不覚を取ったフランスが、決勝トーナメントに入ってどこまで調子を戻してくるかがひとつの見どころ。しかしフランスは試合の出来幅にムラがあるチームなのでそのあたりがどうも読みづらく、調子を落としているかどうかさえも実のところはよくわからない。前回大会では優勝候補のニュージーランドをここ一番で破ったりと一気に調子を上げてくる可能性もあり、不気味ではある。

対するイングランドは今大会ジョニー・ウィルキンソンのキックが不調。しかし、先のスコットランド戦では復調の兆しありで、キック中心の手堅い試合運びができればこちらに分があると思われる。不気味なフランスといつも堅実なイングランドの対戦。悩むところではあるが、ここはやはりイングランドか。トンガに負けてイングランドに勝つ、というのはいくらフランスでもさすがにちょっと予想はしづらい。

次にアイルランドーウェールズ。

まずはアイルランド。予選でオーストラリアを下した試合はボクの中では間違いなく今大会ナンバーワン。大会前のトライネーションズでニュージーランドに勝って優勝を収めているあのオーストラリア相手に、あそこまでのパフォーマンスができるとは想像できなかった。その後の予選プールでの試合も安定感は抜群。イタリア戦は横綱相撲ならぬ「横綱ラグビー」で、アイルランドってこんなに強かったっけというのが正直な印象だ。だからこの試合はアイルランドだろうと昨日まで思っていた……のだが、ウェールズ対フィジーの試合を見て少し予想が揺らいでしまった。いくらフィジーの出来が悪かったとはいえ、この試合のウェールズはよかった。あんなに攻撃的なウェールズは久しぶりに見た気がする。思い起こせば予選プールのはじめには南アフリカを追い詰めていたし、かつてボクが出場したワールドカップでの試合の相手がウェールズだし(ってこれは関係ないか(笑)。いやいや思い入れがある国なのですよ、ウェールズはね)。これらを鑑みて、幾ばくかは悩んでみたけれど、やはりここはアイルランドに軍配。個人的には優勝の期待まで抱いている。さすがにこれはいれ込み過ぎかもしれないけれど、でも期待はしている。

そして反対側のブロックへ。南アフリカーオーストラリア。

ニュージーランドに次いで優勝の期待がかかる両チーム。まさかこの両チームが準々決勝で顔を合わすことになろうとは誰が予想しただろう。主力選手に若手を起用するオーストラリアは、ボールを動かしつづけるエキサイティングなラグビースタイルで、予選でアイルランドに不覚をとったもののその潜在的な破壊力は計り知れない。スタンドオフのクウェイド・クーパーとスクラムハーフのウィル・ゲニアが伸び伸びとプレーできればオーストラリアに分がある(ウイングのジェームズ・オコナーも。21歳とは思えない肝の据わったプレーには大注目。この選手はホントに素晴らしい)。

ということはつまり、南アフリカからすれば二人のところにプレッシャーをかけ続けたいところ。二人のところだけでなくブレイクダウンでプレッシャーをかけ続けてペナルティを誘い、フランソワ・ステインが自陣からバンバンペナルティゴールを狙うという展開が南アフリカにとっては理想的だろう。ここらあたりの予想は難しいところだが、予選でのオーストラリアの戦い振りはやや歯車が狂っているように見受けられるので、ここはハードコンタクトをみせる南アフリカか(ただここはオーストラリアに勝って欲しい。試合ごとに成長をみせるこのチームをもっと見ていたいという個人的願望ではあるが)。

最後は、あのオールブラックスとアルゼンチン。

ニュージーランドは不動の司令塔であるダン・カーターがケガで戦線を離脱。今大会の出場は不可能となった。これは痛い、とても痛い。だが、この試合で負けるなんてことはあり得ないと一ファンとして思う……じゃなかった、これまでの戦い振りを振り返ってそう思う。とにかく強い。後から後からディフェンダーが湧いてくるディフェンスに、パスをつなぎまくるアタックは見ていて爽快だ。負けるはずがない(と、毎回感じるのだがころっと負ける…、なぜだ、まさか今回も…いや、あり得ない)。

前回大会で3位という輝かしい成績に終わったアルゼンチンは、スタンドオフのファン・マルティン・フェルナンデスの多彩なキックからのアタックが功を奏して台風の目となったのだった。だが今大会は手堅い試合運びに終始しており、なにをしてくるかわからない神秘さがあった前回とは異なりどこか大人しい印象を受ける。真正面からまともにぶつかればニュージーランドに分がある。だからここはオールブラックスで鉄板。

とまあ早足で思うところを書き綴ってみたけれど、とにかくボクは手に汗握る展開の好ゲームが見たい。ペナルティゴール合戦ではなく、ボールがよく動いてトライを奪い合うような試合。ブレイクダウンでの激しい攻防、BK陣によるスムースなパスのつなぎと華麗なステップ。思わず身を乗り出してしまうようなプレーが見たい、ただそれだけである。勝敗にこだわるのはもちろんだが、それだけではない意地のぶつかり合いが見たい。

ちなみに優勝予想は今のところニュージーランド。希望的観測としてはアイルランド。
さあどうなることやら。週末が楽しみである。



追記:南アフリカのフランソワ・ステイン選手は左肩を負傷して戦線を離脱しておりました。自陣からでもペナルティゴールを決められる選手だっただけに南アフリカにすれば戦力ダウンは免れません。しかしそれでも、南アフリカの方が若干優位なのではないかとみています。



 


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強いチームには哲学があるということだ。 [ラグビー]

21日のトンガ戦は残念だった。わざわざ相手の強みを生かすようにも思える戦い振りに、地団太を踏みながらテレビ画面に見入っていた。

トンガの強みはブレークダウンにある。タックル後のボール争奪局面では強靭な体躯を生かして無類の強さを発揮する。それがトンガという国の特徴である。これは今大会に限ったことではなくこれまでにもずっと指摘され続けていることで、コアなラグビーファンならほとんど常識であろうと思われる。にも関わらずラック周辺を執拗に攻め続け、ブレークダウンでの勝負を挑んだジャパンの戦い振りにはどうしても疑問符をつけざるを得ない。おそらく見た目以上にトンガ選手の体躯は強かったのだろうとは思う。しかしながらそこを丁寧に想像してみても、なぜにあれだけ近場にこだわったのかは、やはり納得がゆかない。

自陣ゴール前のスクラムからも、すぐにキックを蹴るのではなく2度ポイントを作ってからのキックを徹底していた。あれは明らかに戦術だろうが、なぜその決め事を徹底したのか、その意図もよくわからない。なんというか、一言で言えば消化不良な試合で、だから悔しくて、憤る気持ちをいささかでも落ち着かせるべく試合後すぐの更新は避けたというのに、結局、愚痴っぽい文章になってしまった。ああ。

てなわけでトンガ戦の感想はこれまで。言いたいことはたくさんある。でも今はまだ書かない。なぜなら明日(27日)にカナダ戦が控えているからである。フランス戦、ニュージーランド戦、トンガ戦、カナダ戦、総括はこの4戦を終えた後に改めて行いたい。もしかするとカナダ戦でベストパフォーマンスをするかもしれないし、まったく歯が立たないままに敗北するかもしれない。試合はやってみなければわからないのだ。

と、まだまだラグビー気分でウハウハだけど、そういつまでも浮かれてはいられない。今日から秋学期が始まり、ボクは明日から講義がある。休み気分を払拭すべく身体のモードを切り替えねばならないのである。というわけで今の今まで講義の準備に勤しんでいた。久しぶりなだけにうまく話せるかどうかが不安ではあるが、準備だけはきちんとしておけば、あとは野となれ山となれである。雑談や脱線しても困らないように、いやむしろそちらに夢中になれるように、興味ある分野の読書は欠かさずにおかないと。

それから神戸マラソンの日までとうとう2カ月を切った。走り込むペースを上げなければ当日は泣きをみることになりそうで、こっちの方にもまた精を出して取り組んでいかなければならない。さあて、今から研究のための読書をするか、それとも走り込みを敢行するか。うーん、まずは読書をして、暗くなる前にグラウンドを走るとするか。

唐突だけど最後に本の紹介を。

オールブラックスが強い理由ーラグビー世界最強組織の常勝スピリット』(大友信彦、東邦出版)がおもしろい。ルーベン・ソーンやトニー・ブラウンなどの来日した元オールブラックスに加えて、ニュージーランドでプレー経験のある田辺淳や堀江翔太などが、オールブラックスの強さについて語っている。現日本代表監督のJ・カーワンに、もしかすると時期日本代表監督に就任するかもしれないエディ・ジョーンズも名を連ねている。言葉の端々からオールブラックスの強さの理由が読み取れるので、ラグビーファン、じゃなかったオールブラックスファンは必見だと思う。

その中で印象的だったところをちょいと紹介しておこう。

「日本ラグビーに足りないのは『ペース』と身体の使い方」だと指摘したルーベンソーン。この部分に「おおっ!」と唸った。この発言の前後では身体が小さいことにも言及しているが、しかし身体の小ささは如何ともしがたい現実である。だが「使い方」なら身につけることができるし、それこそ「深層筋」の活用という観点から能という日本文化にその答えを探すこともできる。これまで薄々ながらボクが考えていたこととも一致する。それからもうひとつの『ペース』は、いわば勝負どころを嗅ぎ分ける力。つまり流れを読むってこと。ピンチやチャンスに応じて上げたり下げたりするものが「ペース」である。ただ、これをチーム全体で統一して行うことが必要なわけであり、一筋縄で身につくものではない。しかしながら、この「ペース」はこれから強化していく上での核になり得る部分であり、たとえ手探りであっても求め続けなければジャパンが世界に伍して戦うチームになるのは難しいだろう。

それからもう一つ。少し長いけど引用しておきたい。

あれだけの強さを誇るオールブラックスがワールドカップではまだ1度しか優勝してない理由について、トニー・ブラウンは次のように答えている。

(ここから引用)
「それがワールドカップ、それも決勝トーナメントの怖さなんだと思う。どんなチームであっても、その日に最高の力を出せれば、相手を上回ることはある。決勝トーナメントには、そういう力のあるチームだけが勝ち残っている。(…)1試合に絞って臨めば、実力以上の力を出せることもあるんだ。それがスポーツだよ。
 だけど僕は、一番価値があるのは、そのチームがどれだけ長い間、安定した強さを発揮し続けられるかだと思っている。1990年代であれ、21世紀最初の10年であれ、10年という長いスパンで見たとき、ナンバーワンの座に君臨していたのは間違いなくオールブラックスだった。それが、4年に1度のワールドカップ決勝で勝てなかったからといって、価値を損ねるものではないと思うな。」
(引用終わり)

現役の時にこんな気持ちでやれていたら……とかつての自分の未熟さを恨めしく思いながら、今日のところは筆を置くことにする。なんともカッコよすぎである。




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いちおうNZ戦の感想を。 [ラグビー]

「やはりオールブラックス戦について書かないとアカンかなあ」という後ろ向きな気持ちが、ブログの更新を思い止めていた。日本代表の戦い振りを自分なりの尺度で解釈しときたいし、また、講評を期待してくれているラグビーファンに向けて語る義務もあるから、やっぱり書かねばならない。と思いつつ、でも、どこをどう書いたところで愚痴っぽくなってしまうことは目に見えているから、どうしたもんやら、うーん、と腕組みをしたまま悩んでいたのである。

結論から言うと、あまり伝わってくるものがない試合であった。端的に表現するとすれば「消化試合」であったということだ。日本代表、オールブラックス、ともに消化試合でしかなかった。そこには「熱く燃えたぎるなにか」がなかった。だからやっぱり感想は「もひとつ」ということになる。

鬼気迫るタックルがあるから、それを弾き飛ばすクラッシュが、華麗なステップが、輝く。気持ちのこもった激しいディフェンスがあるから、身を呈したギリギリのところでのパスのつながりが美しく見える。チームプレイの中で生まれるアクセントとしての個人技だからこそ、思わず目を
奪われるのだ。両チームともに全力でぶつからなければこうしたプレーは見れない。

その数日後に行われたオーストラリアvsアイルランド戦を見たことも影響している。この試合は、先の試合とは比べものにならないくらいに緊迫した展開をみせた。格上のオーストラリアに対してアイルランドが真っ向から勝負を挑み、勝利をものにしたこの試合は、ラグビーの醍醐味を味わうには十分な内容だった。あまりの興奮ぶりに居ても立ってもいられず、すぐに三宮にあるスポーツバー【THIRD ROW】に足を運んで、録画映像を見せてもらったほどである。「ワラビーズ(オーストラリア代表の愛称)は終了間際のペナルティは狙うべきだったよなあ」とか、「オコーナー選手のバッキングアップには涙が出そうになるわー」とか、店主の金村さんとワイワイ言っていたのであった。アイルランドのフランカー、オブライエン選手のプレーに二人ともが釘付けであった。

この試合のインパクトが強く、無意識的にどうしても比較してしまうものだから、先の試合の印象が薄くなる。これは日本代表が、というよりもオールブラックスについても言えることで、縦横無尽に走りまくりトライを取りまくったにもかかわらず、一ファンとしては消化不良な内容だったと言わざるを得ない。やはり、気持ちの入った試合が見たいし、特にオールブラックス戦はそうで、期待が大きかったが故に落胆しているのが正直なところである。

うん、この試合の感想はこのくらいにしておこう。このままツラツラと書いていくと、愚痴っぽくなっていきそうなので。

明日(21日)にはトンガ戦が控えている。この試合と、次のカナダ戦(27日)に勝利を収めるためにオールブラックス戦は主力選手を温存したのだから、是が非でも勝ってほしいし、ひとまず先の試合のことは忘れて(笑)、腰を据えて応援しようと思う。





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オールブラックス戦を前にして。 [ラグビー]

16日に日本代表と対戦するオールブラックスのスターティングメンバーが変更された。この試合に出場すれば100キャップとなる世界的な名プレイヤーのリッチー・マコウと、長らくオールブラックスのFB(フルバック)として活躍し、W杯後はNTTドコモに加入するミルズ・ムリアイナがケガのためにスタメンを外れた。FW(フォワード)とBK(バックス)、それぞれの要でもある両者が揃って欠場することになったのである。

もしかすると日本代表にとっては願ったり叶ったりかもしれない。実力を備えたプレイヤーが出場しなければ、つまり相手がベストメンバーでこなければそれだけ善戦できる可能性は高まるのだから。つけ入る隙が生まれたことで、もしかするといい勝負になるかもしれないという期待がボクたちファンの胸にも生まれるのだから。正直に言えばボクもホッとしているところがある。だが、このメンバー変更をどうにもうまく噛み砕けないでいるのもまた正直なところだ。

一度スターティングメンバーを発表した後の、試合直前になっての変更にどうにも首を傾げざるを得ない。チームの要である両者が揃ってケガをするとはどうにも考えにくい。古傷の調子が悪かったのなら最初からメンバーを外れたはずだ。つまり意図的にメンバーを変更したのではないかと思うのである。

考えられる理由は一つしかない。それは日本代表のスターティングメンバーを見たからである。前回のフランス戦に出場したメンバーからほとんどが入れ替わっている。ラグビーファンならずともこれまでの試合を振り返ればわかると思うが、明らかにベストメンバーではない。おそらくJ・カーワン監督は、後に続くトンガとカナダを見据えて主力を温存した。

世界に愛され、名実ともに世界一のチームに対して主力を温存した。この決断がG・ヘンリー監督をはじめとするオールブラックスの神経を逆撫でしたのではないか。つまりプライドを傷つけたのだ。

敬意が感じられないことへの反応としてのメンバーチェンジだったのでないかと、今はすっかりラグビーファンの元選手は訝しんでいる。だとすればこの試合はまたもや恐ろしい試合内容になるかもしれないという悲観的な予測が立つ。怒りにも似た心持ちでプレーするオールブラックスと、どのように戦えばいいのか、ボクには皆目見当がつかない。頼むからこの予感だけは当たらないでほしいと願う。

勝敗を抜きにして、純粋なオールブラックスファンとしては、我らが日本代表相手にボール争奪局面で暴れ回るリッチー・マコウが見たかったし、堅実なフィールディングをみせるミルズ・ムリアイナが見たかった。まことに残念である。


 
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ラグビーW杯2011、フランス戦を終えて。 [ラグビー]

ラグビーW杯が開幕してからというもの、生活の中にラグビーのにおいがぷんぷんしている。テレビやパソコンの中もラグビーのにおいで充満している。ツイッターのタイムライン上にラグビーの話題がちらほらみつかるのは言わずもがなで、ラグビー漬けのここんところはボクにとっては願ってもない生活で、とてもええ感じである。

その影響からか、このブログにもたくさんの方が訪れてくれている。どこのサイトから飛んできているのかなと調べてみたらYahoo!ニュースだった。W杯開催にあたってラグビーのページができていて(http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/sports/rugby/)、そこではラグビーにまつわるあれこれが掲載されている。そこに、ラグビー日本代表には外国人選手がいることについて書いたエントリーが、「元日本代表選手などの意見」として紹介されていたのである。自分が書いたものをたくさんの人に読んでいただける機会が増えるのはやはりうれしいもの。載せていただいてありがとうございます。

それにしても先日のフランス戦は熱い試合だった。試合前、多くのメディアは「未だかつて勝利をしたことのないフランス相手に金星を狙う」というような、かなり誇張した報道で盛り上げていたが、正直なところボクはこれっぽっちも勝てるとは思っていなかった。失点をどれだけ抑えることができるのかという悲観的な視点から、試合を見ようと思っていた。おそらくというか、絶対に負けるのは違いない。けれどもだからといって手も足も出ないわけではなく、フランスを相手にしてどのプレーが通用するのか、それを見極めてやろうと思っていた。

開始10分ほどで嫌な予感がした。ボロボロに負けるという最悪のケースもあり得るなと思った。だがしかし、である。そこからの日本代表は粘りのあるプレーを連発した。あのフランス相手にひるむことなく立ち向かう姿には、現役選手への名残としていまだに疼くちょっとした嫉妬心が消え去るくらいに、見入ってしまった。スクラムは劣勢ながらもボール争奪局面ではほとんど互角。接点(ボール争奪局面)でのひ弱さを指摘されていたあの時代からすれば、目に見えて躍進したと思う。フランス戦でもっとも収穫を得た点が、この接点で当たり負けしない力強さだろうとボクは思う。

後半開始早々、2つのトライを阻止した。この時の粘りは本当に素晴らしかった。フランスにとっては後半開始早々に得点を奪い、楽な展開に持ち込みたかったに違いない。その企てを阻んだ粘り強さ、1人では歯が立たなくても2人、3人が群がって相手の突進を阻止するあの粘り強さに、かつての日本代表にはなかったたくましさを感じ取ったのはボクだけではないだろう。

その後トライを奪い、PGも決めて4点差に迫ったときは「ひょっとして」という気持ちになった。「これっぽっちも勝てるはずがない」と試合前に思っていた自分が恥ずかしくなり、心の中で「ごめんなさい」と誰に向けての謝罪かわからないままにつぶやいたのを覚えている。焦りの表情を浮かべるフランスの選手たちを見て、展開如何によっては金星もあり得るかもしれないと本気で思った。まったく現金なものである。

だがしかし、この期待は見事に打ち砕かれてしまう。後半残り15分ほどで3トライを献上。万事休す。最終スコアは21
47。点差だけみれば完敗も、試合内容からはそれほどの差はないと思われる。

「それほどの差はない」、か。果たして本当にそうなのだろうか。

各国のメディアがフランスに善戦した日本を挙って賞賛しているようだが、あくまでもそれは格下チームだとみられていたが故のことである。つまり「意外にもようがんばったやないか」ということで、これを海外も賞賛していると解釈していてはいつまでたっても勝てやしないだろう。「あと一歩」まで詰め寄った試合のあとに、本気で悔しがる態度が選手やファンにもみられるようになって初めて同じ土俵に上がったと言えるのではないだろうか。

てなことを踏まえて、やや冷静に試合を振り返ってみれば、「それほどの差はない」と感じたのは、一瞬でも「勝てるかもしれない」と感じたが故の錯覚かもしれないとも思う。あと一歩まで追いつめたという現実が、両国の実力の本当の差を見えなくするってことはあり得る。この「あと一歩」が実のところとてつもなく大きな一歩かもしれない可能性については、きちんと吟味しておかなくてはならないだろう。

思い出してみてほしいのだが、2003年のW杯でも強豪国であるスコットランドとフランスには善戦した。この時の勇敢な闘いぶりから各国のジャーナリストは日本代表チームを「ブレイブブロッサム」と評した。このことからも言えるように、この2試合は「あと一歩」という言葉で振り返ることができる試合内容だったのだ。今回のフランス戦は確かに面白かったし、この2003年大会と比べても接点での強さが格段に上がっているという点で試合内容は評価できる。だが、やや冷めた目でみたときには8年前とほとんど変化していないと指摘することもできる。

少なくとも8年前には、すでにフランス相手に「あと一歩」の試合ができるところまできていたのである。だとすれば次にすべきことは何か。このことについてじっくりと腰を据えて考え始めるべきだろう。

「あと一歩」の分析が必要なのだと思う。メディアの言説に乗せられることなく冷静な態度で、この「あと一歩」の内容を突き詰めることが今後の日本代表のレベルアップには必要だろう。それこそ2019年の日本開催でひとつの結果(集客を含む)を残すためには、善戦に満足している場合ではない。そのためには次のニュージーランド戦が勝負だ。ここでまたかつてのような敗戦を喫するようなことがあれば、このフランス戦の奮闘が水泡に帰すことになる。フランス戦であれだけできたのだからオールブラックスを相手にしてもそこそこいけるんじゃないか、などと思ってたらとんでもない目に遭うだろう。

おそらくというよりも絶対に、ニュージーランドとの試合に勝つことは難しい。しかし負け方に工夫を凝らすことはできる。「最初から負けるつもりで試合に臨むのは不謹慎だ」というマインドは明らかに「子どもの発想」である。このマインドに近い考え方がかつての日本を壊滅的な状態にまで至らしめたのを忘れてはいけない。玉砕なんて言葉は使うべきではないのだ。

あのオールブラックス相手に今の日本代表がどこまでやれるのか。とても楽しみではある。ただ純粋に楽しみとは思えず、少なからずの怖さを抱いてしまうのは、ボクがラグビー選手だからだと思う。オールブラックスなるものの実力とその存在の価値に想像力が及ぶからだと思う。だから日本のラグビー経験者のほとんどは、おそらく同じような心持ちではないかと推測されるがいかがだろう。

勝ってほしいとは言えない。だけれども、負けてもかまわないとは言わない。それでも期待している。うまく言葉にならないなにかを、待っている。

そんな気分だ。



 
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「あっ、蹴る!」という予感。 [ラグビー]

本日4限目のラグビー実技をもって春学期すべての講義&実技を終えました。もちろん演習も。レポートを読んだりテストを採点したりという作業がまだ残ってはいるものの、とりあえず春学期は終わりました。毎年のことながら7月は高校訪問や水泳実習やオープンキャンパスや北区ラグビーフェスティバルなどのイベントが目白押しで、さらには学期末なのでテストをしたり講義のまとめを考えたりしなければならないからヘトヘトになるのです。過ぎ去ってしまえばあっという間なんですけれど、ちょうど水泳実習直前のころは残り少ない気力を振り絞って必死のパッチになります。でももう終わりました。なんとか終えることができました。

これでようやく一息つくことができそうです。読みたいながらもなかなか頁をめくることができずにいた『神々の沈黙』も、明日以降は手にすることができそうです。3000年前まで人類には意識がなかったという仮説、「二分心」。これはオモシロすぎます。これまでの考えが覆されると同時に身体に刻まれた経験の一つ一つがゆっくりとその意味を表し始める。そんな感覚を覚えます。

シーズンは忘れましたが花園ラグビー場でのトヨタの試合で、確かあれは後半残り20分くらいだったと思いますけれど、元木さんが蹴ったボールをボクが押さえこんでトライした場面があります。あのときは明らかに元木さんがキックすることを予感しました。「あっ、蹴る!」という確信が芽生えたと同時にすでにボクは走り始めていたのです。なにかガツンとした感触が頭に残っています。これはたぶん右脳から聴こえた声だったんだと思うのです。その声に疑うことなく走り始めたがゆえに、対面に立つボクより足の速いセコベ・レアウェレの背後に回り込むことができてトライをすることができた。そう思うのです。

それからこれも確か花園での試合。相手はヤマハでした。自陣ゴール前での相手ボールのスクラムでボクはオープンウイングの位置に立っていました。相手スクラムハーフがボールを投入し、スタンドオフにパスを放った瞬間に「あっ、蹴る!」と予感したのです。インゴールに蹴り込み走り込んだセンターが押さえればそれでトライですから、そうした攻撃オプションを選択すると即座に直感したのですね。だがそうは問屋が卸しません。予感した瞬間にボクは背後に向けて走り始めていました。誰よりも早くボールに到達してグラウンディング。事なきを得たのです。この時の「あっ、蹴る!」も、おそらく右脳から聴こえたんだと思います。その声に素直に聴き従ったからこそピンチを救うことができた。身体が勝手に反応したとも言えるのですが、その反応には何か「ガツン」とくるものがあったのです。

ふと思い出したのはこの2つなのですが、じっくりと過去を振り返ってみればこの「二分心」で説明できる事象はもっとたくさんあるような気がしています。平易な言葉で言ってしまえば「ひらめき」なのでしょうけど、そんな偶然性にまみれたものではありません。ボクが感じた「あっ、蹴る!」は確実にそうなることが断言できるほど強く揺るぎないものです。そうならないわけがないと感じられるほど、強く深く信じられるものです。そうでないと、切羽詰まった局面で少しの迷いもなく動き出せるはずがありません。こればかりはそういうものなのですとしか言いようがないのですが、これは少なくとも今の段階での限定条件であり、ボク自身は説明できないことに甘んじたくはないと思っています。今後、読み進めていく中で、そして考え続ける中で、みなさんにもわかるような言葉でなんとか表現したいと思っています。想いとかひらめきとか、そういった言葉をなるべく退けてテクニカルな言葉で説明するにはまだまだ研究が足りません。

さて、今日はこれくらいにしておきましょう。じっくりゆっくり腰を据えて、またあれこれと考えてゆきたいと思います。研究というのはやはり奥が深くて、そしてとても楽しいものなのだなと改めて感じる次第です。



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日本代表には外国人選手がいる。 [ラグビー]

ワールドカップに向けての強化合宿のためイタリアに遠征するラグビー日本代表メンバーが発表された。このメンバーにはカタカナで表記される外国人選手が10人いる。そのうち帰化して日本国籍を取得しているのは5人。つまり外国籍で日本代表選手に選出されているは30人中5人。6分の1だからそれほど多くはないと思うのだが、そのほとんどが主力級の選手である。帰化した選手を含めれば試合に出場する15人のうちのほぼ半数が外国人選手となる。

 

ラグビーの日本代表チームには外国人選手がいる。ニュージーランドやトンガなどの外国籍を持つ選手が日本を代表するチームのメンバーに名を連ねることができる。外国人選手が日本代表に選出されるのはラグビーというスポーツの大きな特徴のひとつであり、かつて僕が日本代表だった時もチームには数人の外国人選手がいた。だからといって違和感を覚えることはなく、ただこういうものなのだと思っていたし、時折口にする日本語のたどたどしさで笑いが起きたり、英語でうまくコミュニケーションがとれない自分に苦笑いをしたりと、思い返せば心地より刺激があったことしか思い浮かばない。

 

ラグビーでは外国人選手でも日本代表に選出される。

 

ラグビー関係者なら誰もが周知しているこの事実は、どうやらラグビーに詳しくない人たちにとっては理解し難いことのようである(いや、たとえラグビー関係者であってもうまく理解できているわけではない。周知はしていても快く受け入れているかどうかは微妙なところだろう)。先日もツイッターで「どうも外国人選手のいる日本代表チームを応援する気にはなれない」という意見を頂戴した。日本を代表するチームなのだから日本人だけで構成すべきである。この意見は確かにもっともだと思う。しかし、こうも単純に言い切ることが僕にはできない。なぜなら僕はかつて日本代表チームで外国籍のチームメイトとともに試合をしてきたからである。彼らと同じチームで戦った経験はかけがえのないものとして今の僕に刻まれている。

 

たとえば1999年のワールドカップで同室だったパット(故パティリアイ・ツイドラキ選手)とは、片言の日本語と片言の英語でやりとりしながらいろいろな話をした。フィジー国籍だった彼は、引退後に帰国して会社を立ち上げると意気込んでいた。だから部屋にいる時はその準備のための本をずっと読んでいて、ワールドカップ中なのに余裕だなあと感じていたことが思い出される。トヨタ自動車に所属していたので僕がいた神戸製鋼ともよく試合をしたし、同じポジションだったから対面勝負をする機会も多くあった(大概、抜かれていたのだが)。いつも陽気で明るい彼だったが試合になれば誰よりも真剣に熱くなり、グラウンドを縦横無尽に駆け回ってトライを量産する日本代表の名ウイングだった。

 

誠に残念ながら、現役を引退した後に帰国してまもなく急性心不全で亡くなった。33歳という若さだった。ラグビー人生を終え、新しいステージに足を踏み出した彼の失意はどれだけのものだったのか、僕にはうまく想像することができない。所属チームが異なるのでそこまで親しく付き合ってきたわけではないが、たとえわずかであっても日の丸を背負ったチームメイトとして彼のことを忘れるわけにはいかないと思っている。彼のために僕が唯一できるのは、彼のプレーぶりを後世に語り続けることだと心に決めている。

 

少し思い出話が過ぎたようである。

 

ラグビーは外国籍を持つ選手であっても日本代表に選出される。とはいえ、誰でもなれるというわけではないのは言わずもがな。日本ラグビーフットボール協会規約に定められている条件をクリアしなければならない。詳細については規約を参照してもらうことにして、ここでは大枠を示すに留めておく。

 

  日本で誕生した

  両親、祖父母のうち一人でも日本の出身である

  日本で満3年以上継続して居住している

 

このいずれかをクリアし、且つ、他国の代表選手に選ばれていなければ(つまり2カ国以上の代表選手になることは認められていない)、日本の代表資格を得ることができる。日本だけでなく世界も同じ。

 

つまり、ラグビーでは「国籍よりも実際にプレーしている土地」を優先するのである。「国家への所属」よりも「チームへの所属」を優先する。ここがオリンピックや他のスポーツと違うところだ。

 

これをよしとするのか否かは考え方が分かれるところだろうし、とてもデリケートな問題を孕んでいることは百も承知している。国民国家という概念の根幹に関わる問題として今後も継続的に議論を続けていく必要があろう。「これからどうすべきか」という結論が直ちに出るとは考えにくいし、出してはいけないとも思う。あらゆる角度から意見が出尽くすまでは十分に議論をしなければならない問題としてある。

 

ということを踏まえた上で、ここからは僕の意見を書いていきたい。かつて日本代表選手として国籍の異なるチームメイトとともに戦った経験から、思うところを書いてみたいと思う。

 

僕が出場した1999年のワールドカップメンバーには6名の外国人選手がいた。(グレアム・バショップ、ロバート・ゴードン、ジミー・ジョセフ、アンドリュー・マコーミック、パティリアイ・ツイドラキ、グレッグ・スミス)。いずれも主力級であり、全員が先発メンバーであった。マコーミックに関してはキャプテンを務めた(外国人がキャプテンを務めることに各方面から意見が飛び交ったことは言うまでもない)。当時は外国人選手をたくさん起用してまでも勝ちたいのかという、どちらかと言えば批判的な声が世論の大半であったように記憶している。

 

結果的にワールドカップでは3戦全敗。その結果、「外国人選手をたくさん起用したって勝てなかったじゃないか」と各メディアは挙って書き立てた。プロスポーツでは結果が伴わなければ容赦なく批判される。勝者は賞賛され、敗者は見向きもされない。これは必然であり仕方のないことだ。だが、外国人選手をたくさん起用したことを指摘し、その采配を振るった監督が批判されるのはどうも納得がゆかない。ただベストメンバーを組んで戦っただけのこと。国際ラグビー機構(IRB)で定められている規約に則って選手を選考したまでのことで、それのどこに瑕疵があるのだろう。当時の僕はこんな風に考えていたように思う。各メディアからの報道もどこかピンとこなかったのが正直なところであった。

 

同じチームに外国人選手がいる。ただそれだけのこと。僕の実感としてはこのこと以外にリアリティを感じなかった。それも当時はまだ他国の代表選手になっていてもよかった、つまり2カ国にまたがって代表選手になることができた時代なので、元オールブラックスの選手が同じチームにいた。ものすごいプレーを連発する選手が同じチームにいて、そのプレーを目の当たりにすることができる。厳しくも楽しくプレーするその姿に見とれてしまわないよう、自分のプレーに集中することに努めたりもした。そこには国籍がどうのという視点は全くなく、僕にとっては尊敬できる1人のラグビープレイヤーとしか映らなかった。この人たちと一緒に試合をしたい、この人たちに認められたい、そんな想いで練習に取り組んでいた。

 

勘違いしないでほしいのだが、外国人選手だからとか、オールブラックスだからそんな風に感じたのではない。もしそうであるとするならば、外国人選手と日本人選手を区別する視点を持つことに他ならず、その点で、外国人選手を排して日本人だけの代表チームを目指そうとする人たちとなんら変わらなくなる。すごいプレーをする選手が目の前にいる。卓越したプレーをする選手が目の前にいる。それがたまたま外国人選手だっただけ。もちろん日本人選手だってすごいプレーをする。代表に呼ばれたばかりの当時の僕にとってはすべての選手のプレーが刺激的だった。昔からの友達に、「○○選手のタックルはえげつないねんぞ」とか「○○選手のスピードは半端ちゃうわー」とか、さも自慢げに話していたのを覚えている。その○○選手が外国人であろうと日本人であろうと、そんなことは問題ではない。目を奪われるような卓越したプレーに国籍なんか関係ない。国籍云々の話は言うなればその卓越さの理由を最もらしく後付けしたに過ぎない。

 

ラグビーの日本代表に外国人選手がいることの是非。先にも書いたがこの問題はデリケートな問題を孕んでいる。軽々に語ることのできない問題である。なぜならこの問題には「日本人とは何か?」という問いかけが絡んでくるからである。この根源的な問いかけに、今の僕が充分に答えられるとは到底思えない。だから自分の経験を引き合いにして思うところを綴ってみたわけであるが、書いてみたところで何がわかったわけでもなく、もしかするとさらに話を複雑にしてしまったかもしれない。

 

ただ、その中でひとつだけ確信を持って断言できることは、鳥肌が立つようなプレーを目の当たりにした時の奮えには国籍など関係ないということ。これまでに見たことがないようなプレーを目の当たりにしたときに生じる感動そのものを、頭で解釈しようとした時に「外国人だから」という理由を持ち出すだけだということである。すごいプレーはすごいのだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「日本人とは?」「国民国家とは?」「スポーツとは?」、これらの問いかけに面と向かって取り組まない限り、この問題の答えは見えてこないだろう。これを踏まえた上での僕の考えは、日本代表に外国籍の選手がいても何も気にしないし、そんなことよりもオフロードパスがどんどんつながる創造的で愉快なラグビーをするチームが見たいということだ。つい先日のなでしこジャパンではないけれど、やっぱりワクワクするような試合が見たい。

 

超絶的な身体パフォーマンスを前にすれば国籍問題など消し飛んでしまう。これが実感から出発してたどり着いた僕の考えである。

 



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ラグビー同好会ができました。 [ラグビー]

「ラグビーの練習をしようと思うのですが」と先ほど学生数名が研究室に来る。今年度から発足したラグビー同好会の学生たちである。2016年のリオデジャネイロ五輪の正式種目に7人制ラグビーが採用されたことを受けて、兵庫県は女子ラグビーの普及・育成活動に力を入れ始めた。その手始めとしてまずは大学にラグビー部を作ろうと、神戸親和女子大学に白羽の矢が立ったのである。当面の部活動は大学の近所にある神戸甲北高校グラウンドで、県高体連ラグビー専門部セブンズ・女子普及委員長の財田幸治氏のもとで行われる。ボクは授業の合間を縫って大学のグラウンドでスポットコーチをする。もちろんラクロス部の顧問は継続しながら。

本日の参加者は6名。他の部活に所属する学生や初心者もいたので、基本的な練習を1時間ほど行う。経験者であっても、小学生のときにかじった程度であったり、始めてまだ1年足らずだったりで、基本的なことがまだまだ身についていない。なるほどこれくらいのレベルなのだなと、彼女たちの競技力を認識できたことが今日のいちばんの収穫であった。

「ディフェンスシステムについてはこんな風な言い方で説明しよう」とか、「2オン1ならできそうだが3オン2は難しいだろう」とか、「ストレートランよりもまずはランニングウィズザボールに慣れることが先だな」とか、頭の中でぐるぐるとイメージが膨らむ。こういう想像ができるようになったことでこれからの指導計画が立てやすくなり、なんだかワクワクしてきた。ひとまず来週は試合の映像を一緒に見ながらラグビーというスポーツに触れてもらうことにする。

こうして指導をしながら不思議な心地よさを感じたのはどうしてだろうと考えてみたら、ひとつ思い当たることがあった。ラクロス部の顧問として指導をする時と比べて自分に余裕があるのである。つまり技術を指導できるのだ。ボクがこれまでどっぷり浸かってきたラグビーを指導するわけだから当然と言えば当然なのだけれど、でもこの感覚がとても新鮮で、技術指導ができることにこれほどまでに余裕が生まれるのかととても驚いた。

勘違いしないでほしいのだが、余裕があるから指導しやすいとかその方がよいとか、そういうことを言いたいのではない。余裕がなければないで、技術以外の部分への想像を膨らませた指導が行えるという利点がある。たとえばラクロス部に指導するときは「パス」というプレーの本質的な部分を深く洞察しやすい。表面的な技術論に逃げられないからである。技術的なアドバイスをするなら中途半端にするのではなく丁寧に伝えようという心掛けは、その競技の本質的な特性を掘り下げるようにと誘われる。また、ラグビーとの類似点や、それぞれの競技に共通する選手としての心理的側面についても深く考えさせられる。「経験がない」ことがかえって想像力をかきたててくれるのである。

ラクロス部の顧問になって今年でもう4年目になる。これまで技術的アドバイスを自制しつつ、それでも気がついた点については積極的に助言するという指導をしてきた。それがボクにとってのスタンダードになり、そこに落ち着いていたのだが、いざ実際にラグビーを指導する機会に恵まれると、技術指導ができることにわずかな心地よさを感じることになった。指導をしながら感じた不思議な感覚はおそらくこういったことなのだろうと思う。それから、教えようとする技術ほどうまく言葉にならないというもどかしさもそこには付随し、だからこそひとつひとつのプレーや、それを裏付ける経験についてもきちんと言語化していく必要がある。ラグビーの試合ももっと見ないといけない。

2つの部を掛け持ちするわけではないけれど、幸いなことに異なる2つの競技を同時に指導する機会に恵まれたわけで、そのひとつがボク自身それなりに取り組んできたラグビーであり、もうひとつは全く経験をしたことのないラクロス。それを自分とは性別の異なる女子学生に教える。これまでよりもっと想像力をたくましくしなければならないだろうし、これまでとは異なる想像の仕方に挑戦しなければならないだろうけれど、とても楽しみである。スポーツ指導者として動きの伝承についての研究にも今まで通り取り組んでいこうと思う。

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「史上再弱」のバトンタッチ。 [ラグビー]

それにしても入替戦に回るとは予想もしていなかった。京産大に負けたあたりから今年も優勝は無理そうだなと感じてはいたけれど、まさかの関西7位にはすっかり意気消沈である。ボクが4回生の時は関西5位に終わり、中京大との決定戦を経てやっとこさ大学選手権に出場した。ボクたちの学年は自他ともに認める「史上再弱の同志社」だったが、これで自虐ネタにすることができなくなってしまった。ちと寂しい。

街の兄貴である金村さんとも話をしたのだが、ながらく関西3強だった同志社、京産、体大が毎年順番に入替戦に回る事態は誰が想像しただろう。昨年、一昨年とかつてのライバル校が入替戦に回る事態を、ボクは恥ずかしながら対岸の火事と捉えていた。昨年の時点では母校が入替戦に回ることなど爪の先ほども予想していなかった。でも、冷静に振り返ってみれば今年の事態を予想できた人などいるのだろうか。どう考えてもいるはずがない、よな。

ただこうして実際に入替戦に回ることが決まってからは途端に不穏な空気が流れはじめるから不思議である。いざ現実のものとなってしまえば弱体化の原因を探り出す人たちがいて、それがエスカレートしていくとこうなることはさも必然だったかのような語り口で、あることないことが氾濫する。一ファンとしての熱意の裏返しで手厳しい言葉が繰り返し語られることを批判したりはしないけれど、そこにやや高い目線で加わって同じように語ることだけはしてはならないよなと思う。つまり「こうなることは薄々感じていた」的な言葉。自らを大きく見せるためのそうした言葉の連なる場をしっかり見極めたいし、こうした言葉をつい語りたくなる衝動がボク自身の中にも芽生える可能性にも想いを馳せておきたい。特に酒の席では。

 「同志社どうなんてんの?」という質問には安易に答えてしまわないように心がける。ささやかだけどそれが今のボクにできることだ。OBのあいだではこれからいろいろな原因が言挙げされることだろうが、そこではより建設的な意見を口にしたい。危機感をもつこと。そこからしか何も始まらないと思うからだ。あれが悪い、これが悪いと身内で言い合うのではなく、再起に向けてどのようにしていったらいいのかを、たとえ解決策が浮かばずとも話し合うべきだとボクは思う。間違っても現役選手に敗因を求めてはいけない。

「関西5位」のメンバーから言わせてもらうと、「史上再弱」を背負うのって結構キツイのですよ。今だから揶揄できたりもするけど、ずっと心のどこかで引きずっていたのは否めない。だからさ、現役選手には入替戦には持てる力のすべてを出し尽くすことを目指して一日一日の練習に励んでほしいと思う。勝敗なんてさ、監督やコーチに押しつけてしまえばええねん。そんなことよりも4回生最後の試合を今までで一番ええ内容にすればいい。下級生は4回生とともにプレーする最後の試合だと思って存分に走り回って当たりまくればいい。外野の声なんて気にするな。10年たったら酒の肴になるんだからよ。近い将来、「関西7位&入替戦」と「関西5位」が同志社ラグビーについて語りながら飲む、という構図もまたおもろいやないか。

負けることなんて想定していないけれど、とにかく「ええ試合」をして欲しいとだけは思うのである。てなわけで11日の入替戦は観にいくことにした。

後輩たちよ、がんばるのだ。



 

 


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