So-net無料ブログ作成
ラグビー ブログトップ
前の10件 | -

花園決勝東福岡vs御所実と『自由と規律』。 [ラグビー]

あけましておめでとうございます。
これだけ放置しておいていきなり更新するのは気が引ける。更新停滞に関する弁明を一言でも二言でも述べないと気がすまない。これまではそうだったのだが、今日のところは強引にすませることにする。というのは、この長期休養開けについての弁明をいかにして書くかに頭を悩ませていたことが、更新停滞を長引かせている一因でもあるからだ。


だから更新を楽しみに待っていた方々を思い浮べつつ、画面に向かって深々と頭を垂れて「すみません」と一言口にして、このまま書いていくことにする。私的なブログなのでどうぞご勘弁ください。


2015年が始まり、1週間が経とうとしている。講義は明日からだが、その準備や資料の整理などで朝から研究室に来ており、今日が仕事始めである。この年末年始は寝正月を過ごしたこともあるのか、油切れを起こしているかのような頭の回転の鈍さに仕事は殆ど捗らない。休みボケってやつだ。花園(高校ラグビー全国大会)や大学ラグビーの試合をひたすらテレビで観戦した影響もあるのだろう。細胞のひとつひとつがあのときの興奮を思い出してざわざわしている感じで、じっとデスクに座っていられないのだ。「ラグビーがしたい」という声なき声が身体の内奥でリフレインしている。


その高校ラグビー全国大会の決勝戦が明日に行われる。対戦カードは東福岡vs御所実業。数日前のツイッターで呟いたのだが、望んだ通りのカードになって僕はほくそ笑んでいる。


今年はなんといっても東福岡が強い。高校日本代表候補12人を擁し、個々の能力に秀でた選手が集まっていながらもそのチームプレーが素晴らしい。集団と個のバランスが高いレベルで保たれているその実力は計り知れず、高校レベルでは考えられない域に達していると見受けられる。周りにいるラグビー経験者ならびにラグビーウォッチャーの誰に聞いても「今年は東福岡でしょう」と口を揃えるくらいだ。


ベスト8の時点では東福岡の強さが際立っていた。おそらく他のどの高校も歯が立たない。そう思った。ただ一校を除いては。


東福岡をアップセットする。その可能性を感じさせたのは御所実業だった。


超高校級WTB竹山選手は歴代の選手と比較してもちょっとスケールが違う。ライン際でトライを奪うのはもちろん、ラックサイドでの突破力があり、リンクプレーヤーとしてのパスもうまく、さらにはプレースキッカーまで担うのだから恐れ入る。瞬間的な加速も群を抜いていて、絶えず肩の力が抜けたプレーぶりに大物感が漂っている。戦術的にも精神的にも彼を中心としてまとまっているのが御所実業である。


ただ、でも、東福岡と比較すればやや力不足の感はあった。東福岡以外のチームと比べればその強さに遜色はないが、まだまだ荒削りな試合運びが見て取れた。勝負所でミスをする、誰が見てもパスのタイミングなのに突破を試みてしまう、不用意なキックが散見されるなど、大きな流れに乗り切れていない。なにかが少し足りない。この「なにか」をうまく説明することは難しいが、あえてそこをいうとすれば「チームとしてのまとまり」になろうか。15人がまるでひとつの生命体のようにプレーする。ラグビーだけでなくどの集団スポーツにも理想のあり方だが、まだまだこの部分で不完全なようにみえたのだ。


とはいえ、その潜在能力は計り知れず。まだまだ眠っている力がこのチームにはある。もう少し試合を重ねれば開花するのではなかろうか。その期待を込めて、決勝戦を待っての東福岡との対戦を切望したのである(花園はベスト16からは対戦相手を決める際に毎回抽選を行うのである)。


準々決勝、準決勝を経て、御所実は案の定「チームとしてのまとまり」が深まりつつある。準決勝の京都成章戦は40点を奪い、完勝している。この点からも期待はできる。応援はしている。だが、それでも東福岡有利の見立ては変わらない。それほど実力が突出しているのだ。もし御所実が勝つとするならば、モールを多用するなどFW勝負を仕掛け、スローな展開に持ち込んで、ここぞというタイミングで竹山選手を走らせたときだろう。その意味ではFW勝負とBKへの展開の切り替え役である、主将も務めるSH吉川選手の判断が決め手となる。走り合い、点数の取り合いになると間違いなく東福岡に軍配が上がる。


なーんて、評論家ぶって好き放題に書いちゃいましたが、一ラグビーファンの戯れ言として読み捨て下さい。やはり花園は何歳になっても憧れであり、高校時代に出場が叶わなかった僕はたぶんずっと花園出場選手に憧憬の念を抱き続けるでありましょう。決勝戦、白熱の試合を期待しております。


年初め、最初にふと手に取ったのが池田潔『自由と規律』(岩波新書)でありました。頭の回転を挙げるべくアドバンスボードに乗っているときにふと目についたのがこの本の背表紙。もちろん再読なのですが、スポーツマンシップがなんたるものか、当時イギリスのパブリックスクールにおいて運動競技が意味するものはなんであったのか、読みながら徐々に背筋が伸びたのでした。ラグビーという運動競技が、現役選手やかつて選手だった私たちに教えてくれるのは、誤解を恐れずにいえばそれは自由と規律に尽くされると思います。


ラグビー三昧で幕を開けた2015年。最初のブログは次の言葉で括ります。


正しい主張は常に尊重され、それがために不当の迫害をこうむることがない。如何なる理由ありても腕力を揮うことが許されず、同時に腕力弱いがための、遠慮、卑屈、泣寝入りということがない。あらゆる紛争は輿論によって解決され、その輿論の基礎となるものは個々のもつ客観的な正邪の観念に外ならない。私情をすてて正しい判断を下すには勇気が要るし、不利な判断を下されて何等面子に拘ることなくこれに服すにも勇気を必要とする。彼等は、自由は規律をともない、そして自由を保障するものが勇気であることを知るのである。(池田潔『自由と規律』156−157頁)


今年もどうぞよろしく。



nice!(0)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

リソースコーチになりました。 [ラグビー]

相も変わらず足取りが重いけれど決意表明をした以上は書かねばなるまい。と渋々、書き始めたところである。「決意表明」をしていなければおそらく今しばらくは放置していただろう。決意を表明する、つまりこれは自らの考えを言葉にしておくってこと。そうやって書いたことが心のどこかに引っかかっているから、「やれやれ、ああやって格好つけた手前は書かないと」という動機がいつのまにか生まれる。これを「動機」と呼んでいいのかわからないけれど。とりあえず書けば何かが立ち上がるってことだよな、うん。

さて、いきなり話は変わるが、先週末は久しぶりに秩父宮ラグビー場に足を運んだ。ラグビーの試合を見に行ったのではなく、グラウンド敷地内にあるラグビー協会の会議室で行われた研修会に参加するためである。今年度から「リソースコーチ」を仰せつかることになったので、活動するにあたって知っておかなければならないあれこれについてレクチャーを受けたのである。

「リソースコーチ」とはいったい何か。一言で言ってしまえば、国際舞台で日本代表が活躍するために日本ラグビーのスタイルや選手の育成指針等を全国に提示する役割を担う。なんだかわかったようなわからないような、ややカタめでいささか実感に欠ける自らの文章に首の辺りが痒くなったりもするが、とにかくまあそういうことである。

2019
年にラグビーW杯が開催されるのは周知の通りだが(いや、ぜんぜん周知されてませんよね。あるんです、この日本で、2019年に、アジア初のラグビーW杯が)、そこで日本はベスト8つまり決勝トーナメントへの進出を目標に掲げている。これまで一度も決勝トーナメントに進出したことがなく、それどころか1987年の第一回大会以来まだ1勝しかしていない日本にとっては高すぎる目標かもしれない。いや、「かもしれない」ではなく高すぎる、と思う。昨年秋に行われたW杯の戦いぶりを振り返ってみればそれは明らかである。

しかしだ、国内で行われる大会で予選敗退というのはやはり許されることではない。ここは何が何でも勝たねばならない。そこはある種の矜持として譲れない最終ラインであり、国際大会で戦うスポーツに課された義務でもあるとボクは思っている。

ラグビー協会はそのいささか高い目標の達成に向けて選手強化を進めてきた。その一つが2年前からはじまった「リソースコーチ」という制度である。日本ラグビーが目指す方向性を全国に示す、高校生年代からの一貫指導システムを日本全国に行き渡らせる、主たる仕事はこの2つで、実際の活動はどうかというと、全国9つの地区に分けて行われるブロック合宿に出向いて、選手への指導を行うとともに各地の指導者に対してレクチャーを行う。ミーティングでは日本ラグビーが目指す方向性をレクチャーし、グラウンドでは細かな技術・スキルや身体の使い方までを指導するのである。

ただ、各ブロックにはW杯の開催が決まる遥か昔から指導に従事されてきたコーチの方々がおられる。高校生年代のラグビーが今もさかんに行われているのは、そのほとんどが中学や高校の先生であるこのコーチ陣のご尽力のおかげである(ボクも現役時代には大変お世話になった)。先ほども書いたようにこの方たちにレクチャーすることもボクたちの仕事となる。言わば指導現場でずっと汗をかかれてきた方たちに向かって話をする必要があるってことだ。だからこそいい加減なことは話せないし、理解すべきことはきちんと理解した上で合宿に臨まなくてはならない。さらには自分自身がこれまでの競技経験から身につけた技術やスキルや知見も、きちんとした言葉に乗せて差し出せるようにしておかなくてはならないだろう。そうでなければ、何のためのリソースコーチなのかがよくわからない(と、まだ新米ながらに考えているのである)。

自分の頭を整理する意味でつらつらと書いてみたけれど、改めてここまでを読み返してみると、うん、これはなかなか骨の折れる仕事である。

当然のことながら一度の研修ですべてを把握できるはずもなく、まだこれから勉強することは山積みである。知識として理解しておかねばならないことはたくさんある。だが本質的な問題はそこにはないのだろうと思う。知識的なものは書類とにらめっこすればなんとかなるはずだ。学生の頃の一夜漬けを思い出してとにかく詰め込めばなんとかなる(いや、別に思い出さなくてもよいのだが)。だけど本当に大切なのは知識ではなく、そうした知識が生み出される元になった理念や哲学である。言わばニュアンスであり、エッセンスである。ここの共有なくして本当の意味での日本ラグビーの向上はあり得ない。この部分は決して詰め込むことはできず、実際の活動を通じながらでしか身につかないものだ。だからそれなりの時間がいる。必ず、いる。

だが2019年まであと7年しかない。じっくりと構えて活動することが理想ながらも用意されている時間は限られている。それに、そのひとつ前の大会である2015年のW杯ではベスト10を目標にしているので、この目標を達成した上でとなると残された時間はほとんどないに等しい。

どう考えてももう少し時間が必要である。しかし、十分な時間がボクたちには用意されていない。そしてここで焦れば大切なものを失う恐れもある。うーん、ムズカシイ。とは言え、やるしかないのもまた事実で、ここがとても悩ましいところである。

今のところボクの頭の中では「リソースコーチ」をこんなふうに理解している。とにかくやるしかないことはわかっているが、「やるしかないのだ!」と割り切ることの弊害として考えるべき事柄が疎かにならないようにだけは気をつけたいと思う。気をつけて何とかなる問題ではないのかもしれないけれど、とにかく気をつけておこうと思う。

という今回もまた「決意表明」になってしまった。ま、いいか。



nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

振り返ればヤツがいて、オレもいる。 [ラグビー]

自らの内奥から湧き出てくる考えとそれを象る言葉。それらはいったいどこからやってくるのかというと、おそらくは自分ではない。自分の内奥から湧き出てくる、と言っておきながら実はそことは違うところからやってくるというのは明らかに論理矛盾ではあるが、実感としてそう感じるのである。自分の奥底を掘っていくと突き当たるのは自分ではなく「他者」である。確実に自分の心の中にあるのだが実感として自分とは言い切れないまるで他人のように感じられるもの、それが「他者」だ。

かつての自分が経験したあれやこれも、今から思い返せば本当にあれをしたのが自分だったのかと思えたりすることがある。酒に酔った時などにたまに見返したりする現役時代の試合には、当たり前だけどボクが出場している。なかなかええ走りをしているなあとか、今のは情けないプレーやなあとか、懐かしさで身体を満たす時間を楽しんでたりするのだが、ふと「これって本当にオレなんだろうか」と過ることがある。あまりにも現在と違いすぎるその自分を、心のどこかで疑ってしまう自分がいるのだ。

映像に映る「それ」はまぎれもなく自分である。これはどう転んでも揺るがない現実としてある。ただ「それ」を把握する自分は間違いなく2人いる。1人は現役選手としてその当時を生きた自分。この自分は肌感覚で当時を覚えている。五感で記憶している自分とでも言おうか。忘れたくても忘れられないほど強烈に刻印された記憶としての自分である。

もう1人はその自分を「それ」として眺める自分。つまり言葉で捉えようとするボク。幾ばくかの客観性をもって言葉や数字を宛てがい、あの頃の自分が経験したものを一つの物語に仕立てようとする自分。あれやこれやと考え過ぎて、ときに迷宮を彷徨い始めたりするのがコイツだ。

あの頃の自分はどのようなことを感じていたのだろう、ある試合のある場面ではどんなことを考えながらプレーしていたのか。こうして考えれば考えるほどに今の自分とあの頃の自分が乖離していくような気分に襲われる。考えれば考えるほどに今の自分とあの頃の自分は別人のように感じられて仕方がない。この状態を放っておけばどんどん乖離してゆき、やがてひょっこりと「他者」が表れるのである。

たとえば、大学3年時の花園で行われた近畿大学との試合で、自陣22mライン付近でこぼれ球を拾った味方選手からパスを受けてそのままトライしたシーンがある。今でもはっきりと思い出されるのはボールをキャッチする瞬間の映像と、「このタックラーを外せばトライだという確信」をもってライン際を走ったときの映像。連続攻撃をしたあげくの相手のミスをトライにまで結びつけたプレーとして、「してやったり!」という悦びとともに胸に残っている。

感覚的におそらくはいつまでも記憶に残り続けるプレーになるだろうが、このプレーに奥行きと彩りがもたらされたのは、引退後に改めてこのプレーを考察したからである。なぜ「このタックラーを外せばトライだという確信」が芽生えたのか。これは歓声が大きく影響している。あのときを振り返れば確かにボールをもった瞬間に歓声が大きくなった。このときの歓声のざわめき具合からボクは「トライまでの予感」を感じ取ったのだと思われるのである。

観客は俯瞰的な目線でグラウンドを見下ろしている。それはつまり選手目線からは見えないスペースが見えているということである。だからこぼれ球を拾ってパスがつながった瞬間に「あと1人躱せばトライだ!」と気持ちが高ぶった。おそらく観客席から見たら一目瞭然な大チャンスだったのだろう。その気持ちの高ぶりが「おおっ!」という声として発せられた。一つ一つの声に込められた気持ちの高ぶりが束になって歓声となり、それを耳にしたボクは「これはチャンスに違いない」と判断して勝負を仕掛けることができた。つまり、歓声の強弱、大小が一つのプレーを判断する材料となっていたのである。

という具合に記憶は上書きされていくのだと思うのだ。その上書きされた記憶が冒頭で書いたところの「他者」というわけなのであった。

ただ感覚で捉えただけの自分だけにしかわからない記憶は、明らかに自分とは地続きであることが実感される。しかし、その記憶に言葉が宛てがわれた途端にどこか他人事のように感じられるから不思議である。裏を返せばそこには「新たな自分」が立ち上がるとも言えるわけである。すなわち「他者」が表れる。

とは言え両者ともに自分であることに変わりはないわけで、できることならお二方とも仲良く共存していただければそれに越したことはない。無理矢理に同一人物だと断定するのではなく、あちらの自分とこちらの自分と区別した上で仲良く棲み分けるというかたちでぜひとも共存していただきたいものである。毎度ややこしい話ですまない。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

ラグビーとの対話「其の20」くらい? [ラグビー]

あれよあれよという間に10月も半ばを過ぎてしまった。時間というものは早くなったり遅くなったり、時にはたわんだりして、本当に気ままなヤツである。時計の前でじっと秒針をじっと見つめている時と、学生と話をしたり読書に夢中になっている時とでは、時間の流れ方は明らかに異なる。目の前のことに熱中すれば時間という概念は消失するが、時計を見て時間を確認した途端にそのなんとも言えない心地よい瞬間は雲散霧消する。書いている時や読んでいる時は大概この集中状態にいるわけで、この集中状態に身を置くことにボクはなんとも言えない幸福感を感じる。だから時計はいらないし、いや、いらないというわけではなく、こんなにもあっちこっちに設置して欲しくはないというのが本音である。

さてと、ラグビーワールドカップも3位決定戦を含めてあと4試合を残すのみ。勝ち残っているのはフランス、ウェールズ、オーストラリア、ニュージーランド。どこが勝つのかに興味があるというよりは、意地と意地がぶつかり合う試合が見たいと思う。とか言いつつも、この前に書いたブログでは勝利国予想をしたわけだから興味がないわけではない(ものの見事に外したけれど)。確かにどの国が優勝するのかというのもまた見どころではあるが、それがもっとも興味を引くポイントというのでは決してなく、あくまでも両チームが鎬を削る戦いが見たい。激しいタックル、ここ一番でのトリッキーなプレイ、後頭部に目がついているかのようなオフロードパス、ゴール前の鬼気迫る攻防。これらさえ見ることができればそれでよい。

それにしてもラグビーはオモシロイと思う。プレイヤーとして感じていたオモシロさもまた格別だったが、引退後に歴史を調べたり他のスポーツと見比べたりしてじっくり見ることによって初めて感じられるオモシロさはたまらない。この違いは、湯船にどっぷり首まで浸かっているときに感じられる温もりと、バスタオルで体を拭いたあとの外気温との差でジワジワ感じてくる温もりとの差、みたいなものかもしれない。こんなにもボクの身体は温まっていたのかと気づかされるのは、あのときどっぷり首まで浸かっていたからこそなのだろう。

このまま続けていくと恋人を自慢するがごとく惚気た文章になるのは火を見るよりも明らかなので、これ以上は深入りしないでおくけれども、ただ一つだけ言わせてもらえるならば、若かりし頃に頭の先から足の先までどっぷりと浸かってきたラグビーというスポーツに、引退した今になっても大いに興味が湧くというのは本当に幸せなことであり、そのことにはただただ感謝するしかない。ボクをラグビーに引き合わせてくれた中学時代の友達家族にはもちろん感謝の念が尽きないが、この人たちだけではなくこれまでのすべてのチームメイトや指導者がいたからこそ、今のボクがこんな風に感じられるのだと思う。

自分がずっと携わってきたスポーツに誇りを持つことができる。これって当たり前のようでいて、実は当たり前ではないのではないか。一所懸命に取り組んできたスポーツだから好きで好きで仕方がない筈なのに、どうしても好きになれずにモヤモヤしている。あまり思い出したくもない過去を引きずっているおかげで、好きだと口にすることがどうしても憚られる。こういう人は世の中に意外にたくさんいるのではないだろうか。ただ漠然とだけれど、ボクにはそう思えて仕方がない。かく言うボクも、少し前まではそのように感じていた節がある。ケガが癒えずに悶々と過ごした日々が脳裏から離れず、どうしたってラグビーを斜めからみてしまう時期があった。それは半ば自分を否定することであって、やっぱりしんどかった。でも今は違う。まっすぐにラグビーというスポーツのオモシロさと向き合うことができる。できている。

ようやく何かが整ったと言えるのかもしれない。準備ができたという言い方もできるかと思う。心を含み込んだ身体が癒えるというのはこういうことか、という実感が今はある。ボクの身体が癒えたとかそういうことではなくて、「身体が癒える」というのがどういったことなのかがわかる、ような気がするのだ。

とか言いつつも、またすぐに違うところが混沌としてくるのだろう。たぶん身体というのはそういうものなのだ。だからいくら後輩に誘われたからとは言え、神戸マラソンを走ろうなんて気にもなったのだ。現役時代のボクだったら鼻で笑って断っていたに違いない。いや確実にそうだ。だって長距離走は苦手も苦手だったのだから。

これまでにも今日と同じようなブログを何度も書いたけれど、たぶんまたこれからも今日と同じようなブログを書くことになるだろう。そうに違いない。なぜならこれがボクにとってのラグビーとの対話だからである。両者の距離は絶えず揺れ動きながらも、でも絶対に離れることはなくボクの傍らにラグビーはそっと「ある」。こうしてずっとずっとブツブツグダグダ言い続けるはずだ。

さて明日は神戸製鋼の時のチームメイトと【船越】で飲んでからのラグビー観戦。とても楽しみである。




nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

ラグビーW杯、決勝トーナメントの展望。 [ラグビー]

ラグビーワールドカップ。いよいよ今週末から決勝トーナメントが始まる。決勝に残った顔ぶれはほぼ予想通りだが組み合わせがまったくの想定外なので、なんだかとてもドキドキしている。もしかするとこれまで優勝経験のない国が勝ち切ってしまうのではないか。そんな淡い期待を抱かせる組み合わせでもある。だからせっかくなので勝敗予想なんてものをしておこうかと思う。

まずはイングランド―フランス。

ジャパンの猛攻をしのいだもののニュージーランドに完敗し、トンガに不覚を取ったフランスが、決勝トーナメントに入ってどこまで調子を戻してくるかがひとつの見どころ。しかしフランスは試合の出来幅にムラがあるチームなのでそのあたりがどうも読みづらく、調子を落としているかどうかさえも実のところはよくわからない。前回大会では優勝候補のニュージーランドをここ一番で破ったりと一気に調子を上げてくる可能性もあり、不気味ではある。

対するイングランドは今大会ジョニー・ウィルキンソンのキックが不調。しかし、先のスコットランド戦では復調の兆しありで、キック中心の手堅い試合運びができればこちらに分があると思われる。不気味なフランスといつも堅実なイングランドの対戦。悩むところではあるが、ここはやはりイングランドか。トンガに負けてイングランドに勝つ、というのはいくらフランスでもさすがにちょっと予想はしづらい。

次にアイルランドーウェールズ。

まずはアイルランド。予選でオーストラリアを下した試合はボクの中では間違いなく今大会ナンバーワン。大会前のトライネーションズでニュージーランドに勝って優勝を収めているあのオーストラリア相手に、あそこまでのパフォーマンスができるとは想像できなかった。その後の予選プールでの試合も安定感は抜群。イタリア戦は横綱相撲ならぬ「横綱ラグビー」で、アイルランドってこんなに強かったっけというのが正直な印象だ。だからこの試合はアイルランドだろうと昨日まで思っていた……のだが、ウェールズ対フィジーの試合を見て少し予想が揺らいでしまった。いくらフィジーの出来が悪かったとはいえ、この試合のウェールズはよかった。あんなに攻撃的なウェールズは久しぶりに見た気がする。思い起こせば予選プールのはじめには南アフリカを追い詰めていたし、かつてボクが出場したワールドカップでの試合の相手がウェールズだし(ってこれは関係ないか(笑)。いやいや思い入れがある国なのですよ、ウェールズはね)。これらを鑑みて、幾ばくかは悩んでみたけれど、やはりここはアイルランドに軍配。個人的には優勝の期待まで抱いている。さすがにこれはいれ込み過ぎかもしれないけれど、でも期待はしている。

そして反対側のブロックへ。南アフリカーオーストラリア。

ニュージーランドに次いで優勝の期待がかかる両チーム。まさかこの両チームが準々決勝で顔を合わすことになろうとは誰が予想しただろう。主力選手に若手を起用するオーストラリアは、ボールを動かしつづけるエキサイティングなラグビースタイルで、予選でアイルランドに不覚をとったもののその潜在的な破壊力は計り知れない。スタンドオフのクウェイド・クーパーとスクラムハーフのウィル・ゲニアが伸び伸びとプレーできればオーストラリアに分がある(ウイングのジェームズ・オコナーも。21歳とは思えない肝の据わったプレーには大注目。この選手はホントに素晴らしい)。

ということはつまり、南アフリカからすれば二人のところにプレッシャーをかけ続けたいところ。二人のところだけでなくブレイクダウンでプレッシャーをかけ続けてペナルティを誘い、フランソワ・ステインが自陣からバンバンペナルティゴールを狙うという展開が南アフリカにとっては理想的だろう。ここらあたりの予想は難しいところだが、予選でのオーストラリアの戦い振りはやや歯車が狂っているように見受けられるので、ここはハードコンタクトをみせる南アフリカか(ただここはオーストラリアに勝って欲しい。試合ごとに成長をみせるこのチームをもっと見ていたいという個人的願望ではあるが)。

最後は、あのオールブラックスとアルゼンチン。

ニュージーランドは不動の司令塔であるダン・カーターがケガで戦線を離脱。今大会の出場は不可能となった。これは痛い、とても痛い。だが、この試合で負けるなんてことはあり得ないと一ファンとして思う……じゃなかった、これまでの戦い振りを振り返ってそう思う。とにかく強い。後から後からディフェンダーが湧いてくるディフェンスに、パスをつなぎまくるアタックは見ていて爽快だ。負けるはずがない(と、毎回感じるのだがころっと負ける…、なぜだ、まさか今回も…いや、あり得ない)。

前回大会で3位という輝かしい成績に終わったアルゼンチンは、スタンドオフのファン・マルティン・フェルナンデスの多彩なキックからのアタックが功を奏して台風の目となったのだった。だが今大会は手堅い試合運びに終始しており、なにをしてくるかわからない神秘さがあった前回とは異なりどこか大人しい印象を受ける。真正面からまともにぶつかればニュージーランドに分がある。だからここはオールブラックスで鉄板。

とまあ早足で思うところを書き綴ってみたけれど、とにかくボクは手に汗握る展開の好ゲームが見たい。ペナルティゴール合戦ではなく、ボールがよく動いてトライを奪い合うような試合。ブレイクダウンでの激しい攻防、BK陣によるスムースなパスのつなぎと華麗なステップ。思わず身を乗り出してしまうようなプレーが見たい、ただそれだけである。勝敗にこだわるのはもちろんだが、それだけではない意地のぶつかり合いが見たい。

ちなみに優勝予想は今のところニュージーランド。希望的観測としてはアイルランド。
さあどうなることやら。週末が楽しみである。



追記:南アフリカのフランソワ・ステイン選手は左肩を負傷して戦線を離脱しておりました。自陣からでもペナルティゴールを決められる選手だっただけに南アフリカにすれば戦力ダウンは免れません。しかしそれでも、南アフリカの方が若干優位なのではないかとみています。



 


nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

強いチームには哲学があるということだ。 [ラグビー]

21日のトンガ戦は残念だった。わざわざ相手の強みを生かすようにも思える戦い振りに、地団太を踏みながらテレビ画面に見入っていた。

トンガの強みはブレークダウンにある。タックル後のボール争奪局面では強靭な体躯を生かして無類の強さを発揮する。それがトンガという国の特徴である。これは今大会に限ったことではなくこれまでにもずっと指摘され続けていることで、コアなラグビーファンならほとんど常識であろうと思われる。にも関わらずラック周辺を執拗に攻め続け、ブレークダウンでの勝負を挑んだジャパンの戦い振りにはどうしても疑問符をつけざるを得ない。おそらく見た目以上にトンガ選手の体躯は強かったのだろうとは思う。しかしながらそこを丁寧に想像してみても、なぜにあれだけ近場にこだわったのかは、やはり納得がゆかない。

自陣ゴール前のスクラムからも、すぐにキックを蹴るのではなく2度ポイントを作ってからのキックを徹底していた。あれは明らかに戦術だろうが、なぜその決め事を徹底したのか、その意図もよくわからない。なんというか、一言で言えば消化不良な試合で、だから悔しくて、憤る気持ちをいささかでも落ち着かせるべく試合後すぐの更新は避けたというのに、結局、愚痴っぽい文章になってしまった。ああ。

てなわけでトンガ戦の感想はこれまで。言いたいことはたくさんある。でも今はまだ書かない。なぜなら明日(27日)にカナダ戦が控えているからである。フランス戦、ニュージーランド戦、トンガ戦、カナダ戦、総括はこの4戦を終えた後に改めて行いたい。もしかするとカナダ戦でベストパフォーマンスをするかもしれないし、まったく歯が立たないままに敗北するかもしれない。試合はやってみなければわからないのだ。

と、まだまだラグビー気分でウハウハだけど、そういつまでも浮かれてはいられない。今日から秋学期が始まり、ボクは明日から講義がある。休み気分を払拭すべく身体のモードを切り替えねばならないのである。というわけで今の今まで講義の準備に勤しんでいた。久しぶりなだけにうまく話せるかどうかが不安ではあるが、準備だけはきちんとしておけば、あとは野となれ山となれである。雑談や脱線しても困らないように、いやむしろそちらに夢中になれるように、興味ある分野の読書は欠かさずにおかないと。

それから神戸マラソンの日までとうとう2カ月を切った。走り込むペースを上げなければ当日は泣きをみることになりそうで、こっちの方にもまた精を出して取り組んでいかなければならない。さあて、今から研究のための読書をするか、それとも走り込みを敢行するか。うーん、まずは読書をして、暗くなる前にグラウンドを走るとするか。

唐突だけど最後に本の紹介を。

オールブラックスが強い理由ーラグビー世界最強組織の常勝スピリット』(大友信彦、東邦出版)がおもしろい。ルーベン・ソーンやトニー・ブラウンなどの来日した元オールブラックスに加えて、ニュージーランドでプレー経験のある田辺淳や堀江翔太などが、オールブラックスの強さについて語っている。現日本代表監督のJ・カーワンに、もしかすると時期日本代表監督に就任するかもしれないエディ・ジョーンズも名を連ねている。言葉の端々からオールブラックスの強さの理由が読み取れるので、ラグビーファン、じゃなかったオールブラックスファンは必見だと思う。

その中で印象的だったところをちょいと紹介しておこう。

「日本ラグビーに足りないのは『ペース』と身体の使い方」だと指摘したルーベンソーン。この部分に「おおっ!」と唸った。この発言の前後では身体が小さいことにも言及しているが、しかし身体の小ささは如何ともしがたい現実である。だが「使い方」なら身につけることができるし、それこそ「深層筋」の活用という観点から能という日本文化にその答えを探すこともできる。これまで薄々ながらボクが考えていたこととも一致する。それからもうひとつの『ペース』は、いわば勝負どころを嗅ぎ分ける力。つまり流れを読むってこと。ピンチやチャンスに応じて上げたり下げたりするものが「ペース」である。ただ、これをチーム全体で統一して行うことが必要なわけであり、一筋縄で身につくものではない。しかしながら、この「ペース」はこれから強化していく上での核になり得る部分であり、たとえ手探りであっても求め続けなければジャパンが世界に伍して戦うチームになるのは難しいだろう。

それからもう一つ。少し長いけど引用しておきたい。

あれだけの強さを誇るオールブラックスがワールドカップではまだ1度しか優勝してない理由について、トニー・ブラウンは次のように答えている。

(ここから引用)
「それがワールドカップ、それも決勝トーナメントの怖さなんだと思う。どんなチームであっても、その日に最高の力を出せれば、相手を上回ることはある。決勝トーナメントには、そういう力のあるチームだけが勝ち残っている。(…)1試合に絞って臨めば、実力以上の力を出せることもあるんだ。それがスポーツだよ。
 だけど僕は、一番価値があるのは、そのチームがどれだけ長い間、安定した強さを発揮し続けられるかだと思っている。1990年代であれ、21世紀最初の10年であれ、10年という長いスパンで見たとき、ナンバーワンの座に君臨していたのは間違いなくオールブラックスだった。それが、4年に1度のワールドカップ決勝で勝てなかったからといって、価値を損ねるものではないと思うな。」
(引用終わり)

現役の時にこんな気持ちでやれていたら……とかつての自分の未熟さを恨めしく思いながら、今日のところは筆を置くことにする。なんともカッコよすぎである。




nice!(1)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

いちおうNZ戦の感想を。 [ラグビー]

「やはりオールブラックス戦について書かないとアカンかなあ」という後ろ向きな気持ちが、ブログの更新を思い止めていた。日本代表の戦い振りを自分なりの尺度で解釈しときたいし、また、講評を期待してくれているラグビーファンに向けて語る義務もあるから、やっぱり書かねばならない。と思いつつ、でも、どこをどう書いたところで愚痴っぽくなってしまうことは目に見えているから、どうしたもんやら、うーん、と腕組みをしたまま悩んでいたのである。

結論から言うと、あまり伝わってくるものがない試合であった。端的に表現するとすれば「消化試合」であったということだ。日本代表、オールブラックス、ともに消化試合でしかなかった。そこには「熱く燃えたぎるなにか」がなかった。だからやっぱり感想は「もひとつ」ということになる。

鬼気迫るタックルがあるから、それを弾き飛ばすクラッシュが、華麗なステップが、輝く。気持ちのこもった激しいディフェンスがあるから、身を呈したギリギリのところでのパスのつながりが美しく見える。チームプレイの中で生まれるアクセントとしての個人技だからこそ、思わず目を
奪われるのだ。両チームともに全力でぶつからなければこうしたプレーは見れない。

その数日後に行われたオーストラリアvsアイルランド戦を見たことも影響している。この試合は、先の試合とは比べものにならないくらいに緊迫した展開をみせた。格上のオーストラリアに対してアイルランドが真っ向から勝負を挑み、勝利をものにしたこの試合は、ラグビーの醍醐味を味わうには十分な内容だった。あまりの興奮ぶりに居ても立ってもいられず、すぐに三宮にあるスポーツバー【THIRD ROW】に足を運んで、録画映像を見せてもらったほどである。「ワラビーズ(オーストラリア代表の愛称)は終了間際のペナルティは狙うべきだったよなあ」とか、「オコーナー選手のバッキングアップには涙が出そうになるわー」とか、店主の金村さんとワイワイ言っていたのであった。アイルランドのフランカー、オブライエン選手のプレーに二人ともが釘付けであった。

この試合のインパクトが強く、無意識的にどうしても比較してしまうものだから、先の試合の印象が薄くなる。これは日本代表が、というよりもオールブラックスについても言えることで、縦横無尽に走りまくりトライを取りまくったにもかかわらず、一ファンとしては消化不良な内容だったと言わざるを得ない。やはり、気持ちの入った試合が見たいし、特にオールブラックス戦はそうで、期待が大きかったが故に落胆しているのが正直なところである。

うん、この試合の感想はこのくらいにしておこう。このままツラツラと書いていくと、愚痴っぽくなっていきそうなので。

明日(21日)にはトンガ戦が控えている。この試合と、次のカナダ戦(27日)に勝利を収めるためにオールブラックス戦は主力選手を温存したのだから、是が非でも勝ってほしいし、ひとまず先の試合のことは忘れて(笑)、腰を据えて応援しようと思う。





nice!(1)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

オールブラックス戦を前にして。 [ラグビー]

16日に日本代表と対戦するオールブラックスのスターティングメンバーが変更された。この試合に出場すれば100キャップとなる世界的な名プレイヤーのリッチー・マコウと、長らくオールブラックスのFB(フルバック)として活躍し、W杯後はNTTドコモに加入するミルズ・ムリアイナがケガのためにスタメンを外れた。FW(フォワード)とBK(バックス)、それぞれの要でもある両者が揃って欠場することになったのである。

もしかすると日本代表にとっては願ったり叶ったりかもしれない。実力を備えたプレイヤーが出場しなければ、つまり相手がベストメンバーでこなければそれだけ善戦できる可能性は高まるのだから。つけ入る隙が生まれたことで、もしかするといい勝負になるかもしれないという期待がボクたちファンの胸にも生まれるのだから。正直に言えばボクもホッとしているところがある。だが、このメンバー変更をどうにもうまく噛み砕けないでいるのもまた正直なところだ。

一度スターティングメンバーを発表した後の、試合直前になっての変更にどうにも首を傾げざるを得ない。チームの要である両者が揃ってケガをするとはどうにも考えにくい。古傷の調子が悪かったのなら最初からメンバーを外れたはずだ。つまり意図的にメンバーを変更したのではないかと思うのである。

考えられる理由は一つしかない。それは日本代表のスターティングメンバーを見たからである。前回のフランス戦に出場したメンバーからほとんどが入れ替わっている。ラグビーファンならずともこれまでの試合を振り返ればわかると思うが、明らかにベストメンバーではない。おそらくJ・カーワン監督は、後に続くトンガとカナダを見据えて主力を温存した。

世界に愛され、名実ともに世界一のチームに対して主力を温存した。この決断がG・ヘンリー監督をはじめとするオールブラックスの神経を逆撫でしたのではないか。つまりプライドを傷つけたのだ。

敬意が感じられないことへの反応としてのメンバーチェンジだったのでないかと、今はすっかりラグビーファンの元選手は訝しんでいる。だとすればこの試合はまたもや恐ろしい試合内容になるかもしれないという悲観的な予測が立つ。怒りにも似た心持ちでプレーするオールブラックスと、どのように戦えばいいのか、ボクには皆目見当がつかない。頼むからこの予感だけは当たらないでほしいと願う。

勝敗を抜きにして、純粋なオールブラックスファンとしては、我らが日本代表相手にボール争奪局面で暴れ回るリッチー・マコウが見たかったし、堅実なフィールディングをみせるミルズ・ムリアイナが見たかった。まことに残念である。


 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

ラグビーW杯2011、フランス戦を終えて。 [ラグビー]

ラグビーW杯が開幕してからというもの、生活の中にラグビーのにおいがぷんぷんしている。テレビやパソコンの中もラグビーのにおいで充満している。ツイッターのタイムライン上にラグビーの話題がちらほらみつかるのは言わずもがなで、ラグビー漬けのここんところはボクにとっては願ってもない生活で、とてもええ感じである。

その影響からか、このブログにもたくさんの方が訪れてくれている。どこのサイトから飛んできているのかなと調べてみたらYahoo!ニュースだった。W杯開催にあたってラグビーのページができていて(http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/sports/rugby/)、そこではラグビーにまつわるあれこれが掲載されている。そこに、ラグビー日本代表には外国人選手がいることについて書いたエントリーが、「元日本代表選手などの意見」として紹介されていたのである。自分が書いたものをたくさんの人に読んでいただける機会が増えるのはやはりうれしいもの。載せていただいてありがとうございます。

それにしても先日のフランス戦は熱い試合だった。試合前、多くのメディアは「未だかつて勝利をしたことのないフランス相手に金星を狙う」というような、かなり誇張した報道で盛り上げていたが、正直なところボクはこれっぽっちも勝てるとは思っていなかった。失点をどれだけ抑えることができるのかという悲観的な視点から、試合を見ようと思っていた。おそらくというか、絶対に負けるのは違いない。けれどもだからといって手も足も出ないわけではなく、フランスを相手にしてどのプレーが通用するのか、それを見極めてやろうと思っていた。

開始10分ほどで嫌な予感がした。ボロボロに負けるという最悪のケースもあり得るなと思った。だがしかし、である。そこからの日本代表は粘りのあるプレーを連発した。あのフランス相手にひるむことなく立ち向かう姿には、現役選手への名残としていまだに疼くちょっとした嫉妬心が消え去るくらいに、見入ってしまった。スクラムは劣勢ながらもボール争奪局面ではほとんど互角。接点(ボール争奪局面)でのひ弱さを指摘されていたあの時代からすれば、目に見えて躍進したと思う。フランス戦でもっとも収穫を得た点が、この接点で当たり負けしない力強さだろうとボクは思う。

後半開始早々、2つのトライを阻止した。この時の粘りは本当に素晴らしかった。フランスにとっては後半開始早々に得点を奪い、楽な展開に持ち込みたかったに違いない。その企てを阻んだ粘り強さ、1人では歯が立たなくても2人、3人が群がって相手の突進を阻止するあの粘り強さに、かつての日本代表にはなかったたくましさを感じ取ったのはボクだけではないだろう。

その後トライを奪い、PGも決めて4点差に迫ったときは「ひょっとして」という気持ちになった。「これっぽっちも勝てるはずがない」と試合前に思っていた自分が恥ずかしくなり、心の中で「ごめんなさい」と誰に向けての謝罪かわからないままにつぶやいたのを覚えている。焦りの表情を浮かべるフランスの選手たちを見て、展開如何によっては金星もあり得るかもしれないと本気で思った。まったく現金なものである。

だがしかし、この期待は見事に打ち砕かれてしまう。後半残り15分ほどで3トライを献上。万事休す。最終スコアは21
47。点差だけみれば完敗も、試合内容からはそれほどの差はないと思われる。

「それほどの差はない」、か。果たして本当にそうなのだろうか。

各国のメディアがフランスに善戦した日本を挙って賞賛しているようだが、あくまでもそれは格下チームだとみられていたが故のことである。つまり「意外にもようがんばったやないか」ということで、これを海外も賞賛していると解釈していてはいつまでたっても勝てやしないだろう。「あと一歩」まで詰め寄った試合のあとに、本気で悔しがる態度が選手やファンにもみられるようになって初めて同じ土俵に上がったと言えるのではないだろうか。

てなことを踏まえて、やや冷静に試合を振り返ってみれば、「それほどの差はない」と感じたのは、一瞬でも「勝てるかもしれない」と感じたが故の錯覚かもしれないとも思う。あと一歩まで追いつめたという現実が、両国の実力の本当の差を見えなくするってことはあり得る。この「あと一歩」が実のところとてつもなく大きな一歩かもしれない可能性については、きちんと吟味しておかなくてはならないだろう。

思い出してみてほしいのだが、2003年のW杯でも強豪国であるスコットランドとフランスには善戦した。この時の勇敢な闘いぶりから各国のジャーナリストは日本代表チームを「ブレイブブロッサム」と評した。このことからも言えるように、この2試合は「あと一歩」という言葉で振り返ることができる試合内容だったのだ。今回のフランス戦は確かに面白かったし、この2003年大会と比べても接点での強さが格段に上がっているという点で試合内容は評価できる。だが、やや冷めた目でみたときには8年前とほとんど変化していないと指摘することもできる。

少なくとも8年前には、すでにフランス相手に「あと一歩」の試合ができるところまできていたのである。だとすれば次にすべきことは何か。このことについてじっくりと腰を据えて考え始めるべきだろう。

「あと一歩」の分析が必要なのだと思う。メディアの言説に乗せられることなく冷静な態度で、この「あと一歩」の内容を突き詰めることが今後の日本代表のレベルアップには必要だろう。それこそ2019年の日本開催でひとつの結果(集客を含む)を残すためには、善戦に満足している場合ではない。そのためには次のニュージーランド戦が勝負だ。ここでまたかつてのような敗戦を喫するようなことがあれば、このフランス戦の奮闘が水泡に帰すことになる。フランス戦であれだけできたのだからオールブラックスを相手にしてもそこそこいけるんじゃないか、などと思ってたらとんでもない目に遭うだろう。

おそらくというよりも絶対に、ニュージーランドとの試合に勝つことは難しい。しかし負け方に工夫を凝らすことはできる。「最初から負けるつもりで試合に臨むのは不謹慎だ」というマインドは明らかに「子どもの発想」である。このマインドに近い考え方がかつての日本を壊滅的な状態にまで至らしめたのを忘れてはいけない。玉砕なんて言葉は使うべきではないのだ。

あのオールブラックス相手に今の日本代表がどこまでやれるのか。とても楽しみではある。ただ純粋に楽しみとは思えず、少なからずの怖さを抱いてしまうのは、ボクがラグビー選手だからだと思う。オールブラックスなるものの実力とその存在の価値に想像力が及ぶからだと思う。だから日本のラグビー経験者のほとんどは、おそらく同じような心持ちではないかと推測されるがいかがだろう。

勝ってほしいとは言えない。だけれども、負けてもかまわないとは言わない。それでも期待している。うまく言葉にならないなにかを、待っている。

そんな気分だ。



 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

「あっ、蹴る!」という予感。 [ラグビー]

本日4限目のラグビー実技をもって春学期すべての講義&実技を終えました。もちろん演習も。レポートを読んだりテストを採点したりという作業がまだ残ってはいるものの、とりあえず春学期は終わりました。毎年のことながら7月は高校訪問や水泳実習やオープンキャンパスや北区ラグビーフェスティバルなどのイベントが目白押しで、さらには学期末なのでテストをしたり講義のまとめを考えたりしなければならないからヘトヘトになるのです。過ぎ去ってしまえばあっという間なんですけれど、ちょうど水泳実習直前のころは残り少ない気力を振り絞って必死のパッチになります。でももう終わりました。なんとか終えることができました。

これでようやく一息つくことができそうです。読みたいながらもなかなか頁をめくることができずにいた『神々の沈黙』も、明日以降は手にすることができそうです。3000年前まで人類には意識がなかったという仮説、「二分心」。これはオモシロすぎます。これまでの考えが覆されると同時に身体に刻まれた経験の一つ一つがゆっくりとその意味を表し始める。そんな感覚を覚えます。

シーズンは忘れましたが花園ラグビー場でのトヨタの試合で、確かあれは後半残り20分くらいだったと思いますけれど、元木さんが蹴ったボールをボクが押さえこんでトライした場面があります。あのときは明らかに元木さんがキックすることを予感しました。「あっ、蹴る!」という確信が芽生えたと同時にすでにボクは走り始めていたのです。なにかガツンとした感触が頭に残っています。これはたぶん右脳から聴こえた声だったんだと思うのです。その声に疑うことなく走り始めたがゆえに、対面に立つボクより足の速いセコベ・レアウェレの背後に回り込むことができてトライをすることができた。そう思うのです。

それからこれも確か花園での試合。相手はヤマハでした。自陣ゴール前での相手ボールのスクラムでボクはオープンウイングの位置に立っていました。相手スクラムハーフがボールを投入し、スタンドオフにパスを放った瞬間に「あっ、蹴る!」と予感したのです。インゴールに蹴り込み走り込んだセンターが押さえればそれでトライですから、そうした攻撃オプションを選択すると即座に直感したのですね。だがそうは問屋が卸しません。予感した瞬間にボクは背後に向けて走り始めていました。誰よりも早くボールに到達してグラウンディング。事なきを得たのです。この時の「あっ、蹴る!」も、おそらく右脳から聴こえたんだと思います。その声に素直に聴き従ったからこそピンチを救うことができた。身体が勝手に反応したとも言えるのですが、その反応には何か「ガツン」とくるものがあったのです。

ふと思い出したのはこの2つなのですが、じっくりと過去を振り返ってみればこの「二分心」で説明できる事象はもっとたくさんあるような気がしています。平易な言葉で言ってしまえば「ひらめき」なのでしょうけど、そんな偶然性にまみれたものではありません。ボクが感じた「あっ、蹴る!」は確実にそうなることが断言できるほど強く揺るぎないものです。そうならないわけがないと感じられるほど、強く深く信じられるものです。そうでないと、切羽詰まった局面で少しの迷いもなく動き出せるはずがありません。こればかりはそういうものなのですとしか言いようがないのですが、これは少なくとも今の段階での限定条件であり、ボク自身は説明できないことに甘んじたくはないと思っています。今後、読み進めていく中で、そして考え続ける中で、みなさんにもわかるような言葉でなんとか表現したいと思っています。想いとかひらめきとか、そういった言葉をなるべく退けてテクニカルな言葉で説明するにはまだまだ研究が足りません。

さて、今日はこれくらいにしておきましょう。じっくりゆっくり腰を据えて、またあれこれと考えてゆきたいと思います。研究というのはやはり奥が深くて、そしてとても楽しいものなのだなと改めて感じる次第です。



nice!(2)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感
前の10件 | - ラグビー ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。