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ある気づきがもたらしたブレークスルー。 [ラクロス奮闘記。]

夏合宿明けの初めてのラクロス練習が午前中にあったので大学まで足を運ぶ。4日間の休みを挟んだ後の練習なので心と身体の切り替えが難しいだろう。とは言え関西リーグの初戦がこの日曜日に控えているので、「まあ、いいか」などと呑気に構えてはいられない。ってことで、練習の雰囲気と学生たちの様子を見るべく朝早くから大学に来たというわけだった。


イージーミスは散見されたが、概ね、集中した練習ができていたように見えた。


午後からはそのまま研究室に籠り、デスク周りの片付けや新聞スクラップの整理に精を出す。それにしても散らかり放題のデスクに、「これは一度では片付かない」と早々に諦めて、目の前にある書類から順に手にとってのんびりとひとつひとつ片付けていった。そして、「まあ今日はこんなもんでしょ」と一息ついて今に至る。ブログを書くに至った、というわけである。


そういえばこの前のブログの最後に、今年のラクロス夏合宿では大きな気づきがあったということを書いた。「詳しくは次回に」と自らに宿題を課していたので、今日はそれについて少し書いていきたいと思う。


改めてもう一度書くと、それは
『「そんなことできるんや」「そういうことってやってもいいんや」という気づきがもたらすブレークスルー』について。


ある日、チームの中でダイレクトパスをする学生が一人出現した。「出現した」といっても降って湧いたように現れたのではなくて、1回生の時から4回生の今までずっとラクロス部に所属していた学生の中の一人である。その彼女はある場面で、キャッチするや否やすぐにそのままダイレクトにパスを出した。言わばオーソドックスな「ワンツーリターン」である。サッカーやバスケットボールならば比較的試みやすいプレーだが、ラクロスではそう簡単にはいかない。クロスの使い方に習熟していなければこのプレーを行うことは意外にも難しい(あくまでも俄かラクロッサーの体感ではあるが)。


「ワンツーリターン」とは、AさんがBさんにパスを出し、Bさんはキャッチするや否やすぐに走り込んできたAさんにパスを返すプレー。このプレーはラクロスに限らずともその他のゴール型競技でもよく見られるプレーである。壁パスなどと言ったりもするが、つまりこのプレーの要諦はボールが流れるようにつながるということである。


ただし、ここでは少々拡大解釈をしていただきたい。先ほどの例で言えばBさんはなにもAさんに返さずとも別のCさんにパスをしてもよい。すなわち「リターン」しなくてもよい。ダイレクトにパスが繋がる(=ボールを保持している時間がほとんどない)、というところが重要で、だからここで言いたいのは「ダイレクトパス」なのである。

この「ダイレクトパス」の連続はとても有効な攻撃パターンを創り出す。ディフェンスを打ち崩す有効的な戦術を組み立てる上ではとても大切なプレーなのである。なぜなら、ディフェンス側からすれば的が絞れないからである。ボールがどの選手に持たれるわけではなく絶えず動いている、パスが繋がれている。チェック(ディフェンス)しようにもできない。


流れるようにパスを繋げることがアタックの大きな目標となるのはだから言うまでもない。


ある日の練習でそのパスを見た瞬間にボクは「おっ!」と声を出した。その後すぐにその学生に駆け寄って「今のはナイスパスだ」と声をかけた。するとその学生は、「ずっとそうしたかったんですけれど…」と照れたように言葉を返してきた。そうなのだ。このダイレクトパスは一見すれば横着なプレーとして忌避される。パスとは、きちんとキャッチして、周囲を見てから、丁寧に行わなければならないと思い込んでいる節がある。確かに、クロスの使い方がまだ拙い初心者の頃はこうした丁寧さをもってパスをしなければならないだろうが、ある程度の習熟に達した後になってはこの「丁寧さ」は必要ない。かえってディフェンス側にパスコースを読まれてインターセプトされることだってある。おそらくこの学生は、1回生の頃から叩きこまれてきたこの「丁寧さ」に引きずられ、「もっとこうしたら有効なパスができるのに」という身体の内奥からの直感に正直になれずにいたのだろう。だがある拍子に身体が勝手に動いてついダイレクトにパスをしてしまったのだと思う。つまりあの日のダイレクトパスを放った瞬間に彼女の中で「殻が破れた」のだ。


厳密に言えば、その時のダイレクトパスは繋がらなかった。相手側が「まさかあのタイミングでパス来るとは思ってなかった」、つまりキャッチする準備ができていなかったがためにボールは無情にも地面に落ちたのだが、そんなことは関係ない。そこにどういう意図があったかが大切なのであって、次に同じようなシチュエーションが訪れたときにミスが起こらないようにすればよいだけだ。そのためにはどうするか。それは、キャッチする側が「ダイレクトパスが来るかもしれないという準備を絶えずしておくこと」。そもそも「チームの中にダイレクトパスを放る選手がいる」という認識がなかったわけだから、受け手の準備が整っていないのは当然である。うちのチームのほとんどの学生たちの意識の中には「ダイレクトパス」という概念が、おそらくなかった。そんな中で、突然ダイレクトパスを放られても誰も反応できやしない。


ただ、その一つのパスで変わる。意識が、変わる。その学生にパスを出した瞬間、すぐにリターンで返されるかもしれないという準備が、練習を重ねるうちにできてくる。「ダイレクトパスがくるかもしれない」という心構えですべての練習に取り組むうちに、徐々に反応できるようになってくる。


この意識ができてくると、おそらくはパスのつなぎがスムースになってゆく。言わばシームレスなパスのつなぎへと変わっていくに違いない。なぜなら、パスした後、次の動きへの準備がすぐにできるようになるからである。これが全体に波及していけば、パス、キャッチ、ランの境目がぼやけてきて、顧問就任当初からボクが言い続けている「ながらのプレー」につながっていくだろう。と、なんだか話が大きくなってしまった感があるが、こればかりはあくまでも期待の域を出ない。ただなんとなく確信に近いものを感じているが、こればかりは試合を見てみないことには結論づけることはできない。でもたぶんそうなるはずだけどなあ、なんて。


そしてここからが本題。チーム内でひとり、ダイレクトパスができるようになったと同時に、他の学生たちもダイレクトパスを試み始めたのである。その学生と「まったく同じように」とは言えないまでも、ダイレクトパスに近い形で、つまりキャッチしてからパスをするまでのボール保持時間が格段に短くなった。この変化は練習を見ていてとても驚いた。流れるようにパスが繋がればディフェンスされにくい、だからなるべくボールを止めないように、という指導は、これまでにもしてきたが、なかなか浸透しなかった(今から思えば当然で、言葉で説明するだけでできるわけがないのだ)。でも、チーム内の誰かひとりがそのプレーを試みて、それを見た周囲の選手たちがそのプレーに呼応するかのようにほぼダイレクトにパスをつなぎ始めた。その結果としてチーム全体のパスのつなぎ方が明らかに変わったのである。


つまりこれは、「そんなことできるんや!っていうか、やってもいいんや!」という気付きがもたらせた一つの効果なのだと思う。この気づきが、その学生をはじめ、チーム全体のブレークスルーをもたらしたのだと思う。論理的にこうなることは薄々感じてはいたものの、グググッと変化したその現場に居合わせてみたら、これほどまでに変わるのかと驚いた。ビックリして興奮して、スポーツを指導する上でこれはとても大切なことだから身体に刻み込んでおかなくてはと心に決めたのであった。


そしてここからの指導者の仕事。つまりボクの仕事は、そのダイレクトパスが「横着で、いい加減で、軽いパス」にならないようにじっと見極めること。それを見極める目を養わなければならないということだろう。プレーの善し悪しはまさに紙一重なのだから。よし、がんばろう。これからの学生たちの成長がとてもとても楽しみで仕方がない。





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